第24話 東洋太平洋の壁
日本タイトルを獲得してから、大和の快進撃は続いた。
防衛戦を一つこなし、そのわずか数ヶ月後には、東洋太平洋タイトルへの挑戦権を獲得。プロ八戦目にして、大和は、東洋太平洋王者の座に上り詰めた。
試合内容は、圧巻の一言だった。相手の攻撃をほとんど寄せ付けず、四回でのTKO勝利。会場は、大和の名前を連呼する声援に包まれた。
控室での大和は、日本タイトルを獲った時よりも、さらに落ち着いた様子を見せていた。
「次は、いよいよ世界だな」
僕がそう言うと、大和は自信ありげに頷いた。
「ああ。オッサンが夢見てた場所まで、あと少しだ」
その言葉には、確かな手応えが滲んでいた。この時の僕らは、大和が世界の舞台に立つ日も、そう遠くないだろうと、素直に信じていた。
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けれど、その後の展開は、予想とは違うものになっていった。
王座防衛戦の話が、なかなか進まなかったのだ。
「次の試合、まだ決まらないの?」
あるとき、僕がそう尋ねると、大和は珍しく歯切れの悪い返事をした。
「……色々あるんだよ、大人の事情ってやつが」
その言い方には、以前にはなかった苛立ちのようなものが滲んでいた。
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しばらくして、大和の口から、少しだけ詳しい事情を聞くことになった。
「なあ、大和は、次の試合、なんで決まらないの?」
あるとき、思い切ってそう聞いてみた。大和は、少し面倒くさそうにしながらも、ぽつぽつと話し始めた。
「……うちみたいな小さいジムだとな。世界ランカーとの対戦組むには、それなりのコネと金が必要になってくるんだよ」
「コネと金?」
「プロモーターとの繋がりとか、興行的な採算とか。実力があるだけじゃ、試合は組めないんだと」
その話を聞いて、僕は初めて、ボクシング界の現実の一端を知った。
強ければ、道は自然に開けるものだと、漠然と思い込んでいた。でも、実際はそう単純ではないらしい。
「大和は、それ、前から分かってたの?」
「まあ、薄々はな」
大和は、吐き捨てるように言った。
「今のところ、格下相手の防衛戦くらいしか、組めそうな試合がねえよ。ランキング上げるには、もっと格上と当たらなきゃいけねえのに、そういう相手ほど、うちみたいなジムとは試合したがらねえんだと」
その言葉に、僕は、何とも言えない苛立ちを覚えた。大和の実力は、誰の目にも明らかなはずなのに、実力以外の理由で、道が閉ざされようとしている。
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次に会った時、大和は、以前よりも口数が少なくなっていた。
「調子、どう?」
「普通だよ」
その返事には、以前のような素っ気なさとは、少し違う響きがあった。もっと重い、苛立ちを押し殺したような響き。
僕は、それ以上、踏み込んで聞くことができなかった。
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この頃から、大和の中に、少しずつ、何かが澱のように溜まり始めていたのだと思う。
実力はある。結果も出している。それなのに、思うように前へ進めない。
その理不尽さに、当時の大和が、どんな思いを抱えていたのか。僕はまだ、その深さを、本当の意味では理解できていなかった。




