第23話 日本チャンピオン
「今度の試合、日本タイトルマッチだから」
そう連絡が来たのは、大和のプロ七戦目を控えた頃だった。文面はいつも通り素っ気なかったけれど、そこに込められた意味の重さは、十分に伝わってきた。
「絶対見に行くよ」
僕は、間を置かずにそう返信した。
*
試合当日、会場には、以前よりも一回り大きな熱気が渦巻いていた。日本タイトルマッチという肩書きが、観客の期待値を押し上げているのが分かった。
控室に挨拶に行くと、大和は、いつもより張り詰めた表情をしていた。
「緊張してる?」
「当たり前だろ」
素っ気ない返事だったけれど、その声には、隠しきれない緊張が滲んでいた。
「大丈夫だよ。今までの試合、全部見てきたけど、大和が負ける姿、想像できないもん」
柄にもなく、そんな言葉が口をついて出た。大和は、少し驚いたような顔をしてから、小さく笑った。
「珍しいな、お前がそういうこと言うの」
「たまにはね」
その短いやり取りだけで、以前のような気安さが、少しだけ戻ってきた気がした。
*
試合は、これまで見てきたどの一戦よりも、激しいものだった。
対戦相手も、現役の実力者だった。序盤は互角の打ち合いが続き、会場は何度も歓声に包まれた。
でも、中盤に差し掛かった頃、潮目が変わった。
大和の左フックが、相手のボディに深く突き刺さる。相手の動きが、目に見えて鈍くなった。そこからは、一方的な展開だった。
最終的には、五回終了間際のTKO勝利。
レフェリーが試合を止めた瞬間、会場全体が、地鳴りのような歓声に包まれた。
僕は、思わず立ち上がって、拳を握りしめていた。
「やった……!」
自然と、そんな言葉が口から漏れていた。
*
試合後、控室に向かうと、大和は、王座を示すベルトを腰に巻いた状態で、少し照れくさそうにしていた。
「似合ってる」
「柄でもねえこと言うなよ」
そう言いながらも、大和の表情には、確かな充実感が滲んでいた。
「これで、少しは前に進めた気がする」
その言葉に、僕は頷いた。
「うん。次は、東洋太平洋だね」
「まあな。まだまだ、これからだ」
大和の目には、次の目標を見据える、力強い光があった。
*
帰り道、僕は、これまでとは少し違う感慨を抱いていた。
大和は、着実に、自分の力で結果を積み上げている。航さんが見出した才能を、彼自身の努力で、確かな形にしていた。
その一方で、僕はまだ、自分が何を積み上げているのか、はっきりとした形を見出せずにいた。大学の勉強は真面目に続けていたけれど、それが将来、何に繋がるのか、まだ漠然としたままだった。
――僕も、いつか、大和みたいに何かを掴めるんだろうか。
そんな焦りにも似た感情が、この日、初めて僕の中に芽生えた。
友人の栄光を、心から喜びながらも、同時に、自分自身の道への焦燥感を覚える。
その複雑な感情が、この先、少しずつ僕らの関係に影を落としていくことになるとは、この時の僕は、まだ気づいていなかった。




