第16話 残された時間
それから、僕と大和は、時間を見つけては病院に通うようになった。
週に一度、多いときは二度。大学の講義の合間を縫って、僕は病室に足を運んだ。大和も、練習の合間を縫って、同じように通っていた。
行くたびに、航さんの体は、少しずつ小さくなっていくように見えた。
初めは、そんなはずはないと思おうとしていた。少し痩せただけだ、疲れているだけだ。そう自分に言い聞かせていた。
でも、三度目、四度目と見舞いを重ねるうちに、その希望的な見方は、少しずつ崩れていった。
*
「今日は、随分顔色いいですね」
僕がそう言うと、航さんは力なく笑った。
「気を遣わなくていいぞ、武田くん。鏡で見てるからな、自分の顔」
その一言に、僕は何も返せなかった。
医師からの説明を、僕らが直接聞く機会はなかった。それは、下柳の祖父母と、航さんの間だけで交わされていたようだった。ただ、大和が祖父母から漏れ聞いた話や、航さん自身の言葉の端々から、僕らは次第に、事の重大さを察していった。
「腎臓の機能が、かなり悪いんだとよ」
ある日、大和がぽつりと教えてくれた。
「もっと早く気づいてりゃ、って医者に言われたらしい。ずっと、ただの疲れだと思って放っておいたのが、まずかったって」
その言葉に、僕は、以前大和と交わした会話を思い出していた。
「オッサンのやつ、昔から自分のことは後回しにするタイプ」
あの時の言葉が、今になって、重く胸にのしかかってきた。
*
ある日の見舞いで、航さんは珍しく、饒舌だった。
「なあ、俺、こう見えて、結構いい人生だったと思うんだよな」
窓の外を見ながら、独り言のように、航さんは話し始めた。
「ボクシングで目を壊して、諦めて。それでも、なんとか食えるだけの仕事見つけて。まあ、女には縁がなかったけどな」
自嘲気味に笑ってから、航さんは、僕と大和を交互に見た。
「でも、お前らと関われたことだけは、本当に良かったと思ってる」
「オッサン、なに湿っぽいこと言ってんだよ」
大和が、いつもより早口で、動揺を隠すように言った。
「いいだろ、別に。たまには」
航さんは、そう言ってまた笑った。
僕は、その笑顔をどう受け止めればいいのか分からず、ただ黙って俯いていた。
*
帰り道、僕は大和に聞いた。
「大和は、聞いてる? その、本当のところ」
「……祖父ちゃんたちは、はっきりとは言わねえ。でも」
大和は、少しの間を置いてから、絞り出すように言った。
「多分、そんなに、長くはねえ」
その一言で、僕の中にあった、まだ微かに残っていた希望的観測は、完全に崩れ去った。
病室の窓から見えた、航さんの穏やかな横顔を、僕は思い出していた。
あんなにも飄々としていた人が、静かに自分の人生を振り返り、満足そうに笑っていた。
それが、どれほどの覚悟の上に成り立った笑顔だったのか、僕はまだ、本当の意味では理解できていなかった。




