第15話 異変
大学一年の冬、その報せは、大和からの一本の電話で届いた。
「オッサンが、入院した」
電話越しの大和の声は、いつもより少し硬かったけれど、それでも僕は、そこまで深刻には受け止めていなかった。
「入院って、どこか悪いの?」
「詳しいことは分からねえ。ただ、しばらく検査入院するらしい」
「そっか……。まあ、あの人、無理しがちだしね。ちょっと体壊しちゃったのかも」
僕は、本気でそう思っていた。航さんは、フリーランスの仕事と、大和のアパートへの訪問を、忙しい合間を縫って続けていた。少し休めば、すぐに元気になるだろう。そんな、根拠のない楽観を、僕は疑いもしなかった。
「まあ、また落ち着いたら、見舞いにでも行くか」
「うん、そうだね」
その時の僕らは、まだ知らなかった。
この「軽い電話」が、これから訪れる現実の重さと、まるで釣り合っていないことを。
*
実際に見舞いに行ったのは、それから一週間ほど後のことだった。
病室のドアを開けたとき、僕は一瞬、言葉を失った。
ベッドに横たわる航さんは、思っていたよりもずっと、顔色が悪かった。いつもの飄々とした表情の奥に、隠しきれない疲労の色が滲んでいた。
「よお、二人とも。わざわざ悪いな」
声だけは、いつも通りの軽い調子だった。それが、かえって僕の不安を煽った。
「大丈夫なんですか? その、顔色……」
「まあ、なんていうか、体の中の掃除がうまくいってなかったみたいでさ。しばらく検査だ検査だって、色々やられてるよ」
航さんは、詳しい病名を口にしなかった。大和も、それ以上は突っ込んで聞かなかった。
僕は、その空気に、何か言いようのない違和感を覚えていた。
*
「オッサン、いつ退院できんの」
大和が、いつもの調子で尋ねた。航さんは、一瞬だけ、返答に迷うような間を見せた。
「さあな。それは、俺が聞きたいくらいだよ」
冗談めかした口調だったけれど、その目は、笑っていなかった。
僕はその時、初めて、漠然とした不安が、はっきりとした形を持ち始めるのを感じた。
――もしかしたら、思っているより、深刻なことなんじゃないか。
そう思いながらも、僕はその考えを、すぐに打ち消そうとした。認めたくなかったのだと思う。
*
帰り道、大和は珍しく、ずっと黙り込んでいた。
「大和、大丈夫?」
「……分かんねえ」
ぽつりと、そう零した。
「オッサンのやつ、昔から自分のことは後回しにするタイプだったからさ。ずっと平気そうな顔してたけど……なんか、今日は違う気がした」
その言葉に、僕は何も返せなかった。
いつも冷静で、少し斜に構えている大和が、こんな風に不安を口にすることは珍しかった。それが、余計に僕の胸をざわつかせた。
この時はまだ、僕らは知らなかった。
航さんが、すでに手遅れに近い状態であることを。
そして、彼に残された時間が、驚くほど少ないことを。




