第13話 デビューの夜
大学の入学式は、思っていたよりもずっと味気なかった。
広い講堂に、見知らぬ顔がずらりと並んでいる。誰も彼も、期待に胸を膨らませているような顔をしていたけれど、僕はどこか、その空気に馴染めずにいた。
高校とは違う。ここには、僕を知る人間が誰もいない。それは、いじめられていた過去を知る人間がいないという意味で気楽でもあり、同時に、大和のような存在もいないという意味で、少し心細くもあった。
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大和のプロテストは、無事に合格していた。
「デビュー戦、決まった。半年後だってさ」
報告してきたときの大和は、いつになく淡々とした様子だった。けれど、その言葉の端々に、隠しきれない緊張が滲んでいるのを、僕は感じ取っていた。
半年後――ちょうど大学生活にも慣れ始めた頃、僕はその日を迎えることになった。
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会場は、大和が出場したアマチュア大会よりも、ずっと規模の大きなボクシング興行だった。観客席には、僕の知らない大勢の人がいた。プロの世界に足を踏み入れるということが、こういうことなのだと、僕はその場の空気だけで理解した。
隣の席には、航さんが座っていた。
「緊張してるか、お前は」
「僕がですか? 試合するのは大和ですけど」
「いや、お前も似たような顔してるぞ」
図星だった。自分が戦うわけでもないのに、僕の手のひらは、じっとりと汗ばんでいた。
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対戦相手は、プロ二戦目だという、経験者だった。会場のアナウンスが、両者の入場を告げる。
リングに上がった大和は、いつもの気だるげな雰囲気を一切消していた。ただ、静かに、相手だけを見据えていた。
ゴングが鳴った。
最初の数十秒、僕は息をするのも忘れていた。両者の間合いの探り合い。じりじりとした緊張感が、会場全体を包んでいた。
その均衡を破ったのは、大和だった。
一瞬の隙を突いて放たれた右のストレートが、相手の顎を正確に捉えた。乾いた音が響き、相手の体が崩れ落ちる。
レフェリーのカウントが響く中、相手選手は、立ち上がることができなかった。
試合開始から、わずか一分足らずだった。
「――ノックアウト!!」
アナウンスが響いた瞬間、会場が沸いた。僕の隣で、航さんが声を上げてガッツポーズをしていた。
「やりやがった、あいつ……!」
その声には、隠しきれない喜びが滲んでいた。
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試合後、控室で会った大和は、興奮を抑えきれない様子で、それでもいつも通りの無愛想な顔を保とうとしていた。
「まあ、こんなもんだろ」
「こんなもんって、一分だよ。すごすぎるよ」
僕がそう言うと、大和は少し照れくさそうに視線を逸らした。
「オッサンの教えのおかげだよ、半分は」
「半分だけかよ」
航さんが茶々を入れる。三人で笑い合いながら、僕は、この瞬間の眩しさを、しっかりと目に焼き付けておこうと思った。
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その帰り道、電車の窓に映る自分の顔を見ながら、僕はふと思った。
大学に入り、新しい生活を始めた僕と、プロの世界に足を踏み入れた大和。
同じ十八歳という年齢でありながら、僕らはもう、明らかに違う道を歩き始めている。
それでも、この日感じた高揚感だけは、きっと変わらない。
大和が眩しい場所へ向かっていくことを、僕は心から誇らしく思っていた。
同時に――彼が進むその道の先に、自分がついていけない領域があることを、この時、初めてはっきりと自覚した。




