金玉良縁
僕は黄金部の連中と一緒に帰る羽目になった。もちろんこんな奴らとはこの瞬間から金輪際関わりたくなかった僕が「ちょっと用事あるんで遅れて帰ります」と適当なこと言うと、徳川はなぜか有無を言わせぬ口調で「そんなのまた明日にしなさい」と、阻止してきた。
「いや、でも」と僕が口ごもると、「何? なんかあんの?」とノータイムで睨みつけてきてもう……用事があるって言ったじゃん。
そうやって共に帰ることになったのだが、仲良し集団に知らん奴が混じると当然、変な空気になる。そういえば、こいつらって普段何の話をしているのだろう。もしかして、ずっと黄金の話なのか?
「小助、なんか面白い話をしなさい」
徳川が僕に酷いパスをしてきた。僕はそんな急に言われて爆笑トークができるような人間ではない。
しかしノーとも言えるわけがないので、僕が一生懸命考えていると
「早くしなさい」
徳川の睨みである。本当にこいつ徳川家の末裔か? 織田信長を彷彿とさせる短気さだ。
「じゃ、じゃあ」
「つまんなかったら殴るからね」
理不尽すぎる! しかし言わないと絶対に殴られる。僕は意を決して話し出した。こんな時のために、とっておきのエピソードトークがあるんだ。
「で、では。この学校に入る前、僕は近所の塾に通ってたんですが、英語が苦手だったんで英語の授業は下の方のクラスだったんですよ」
僕が話し始めたとき忠正が、こいつマジかみたいな顔をしたのを僕は見逃さなかった。しかしもう止まれない。
「それで、なんかそこでは、講師のやつが、『どうせお前ら単語帳やんないんだから、単語を分解して覚えろ』とか言ってたんです。
たとえば、『import』は『im』が前という意味で、『port』が運ぶだから、輸入。『export』だと『ex』が外と言う意味だから輸出、みたいな。そう言うのを単語が出るたび解説してたんですよね。
で、ある時『assign』って単語が出たんですね。それで講師がいつものように言うわけです『じゃあ小栗、この中の知ってる単語、言ってみて』って。明らかに『sign』を想定してるじゃないですか? でもその直前まで僕寝てたんで、ちょっと寝ぼけてたんですよね。寝てたことがバレてないことに安堵しながらも、寝ぼけた頭で答えたんです。『ass』って」
殴られた。
「でも、ちゃんと言った度胸は認めてあげる」
そうですか。ちゃんと宣言通りこんな公衆の面前で人を殴れる度胸もすごいと思います。
少し満足げに言う徳川を恨めがましく見つめる。
「その度胸に免じて、もう一回チャンスをあげるわっ!」
「え」
この後もう三回殴られることになった。
僕が三回殴られてるのをただ見ていた天海姉弟は、僕が降りる一つ前の駅で降りて行った。意外にも天海南、かなりの天敵だった。僕がボケた後で、「何が面白いと思ってたの?」とか黒柳徹子みたいなこと言って、滑って、しかも殴られた後の僕に説明させたのだ。だが説明したあと彼女が、「なるほど、面白いね!」と笑いかけてくれた時は、思わず惚れそうになった。
すぐに電車は隣の駅につき、僕ようやく開放される、と安堵していた。
「じゃあ、僕ここなんで」
「私もここで降りるわ」
「え」
最悪だ。こいつと僕はご近所だったようだ。近所にこんな型破りなヤツがいたなんて全く知らなかった。
もっと最悪なことに、駅からの歩く方向まで同じで、僕たちは側から見ればカップルみたいな様子で歩いていた。徳川は仏頂面なので『破局寸前の』が付くが。
女の子、しかもよく知らない先輩と二人きり、かなり気まずい。もうこれ以上殴られたくないから、僕が先手を打つことにした。
「徳川先輩」
「家奈よ。あなたは徳川家康のことを徳川って呼ぶの?」
めんどくさい。
「家奈先輩ってここらへんに住んでるんですか?」
「なに? 降りた駅でわかるでしょ」
「あっ、ソウデスヨネ〜」
終わり。会話はキャッチボールだと言うことを知らないんだろうか? 何で投げ返してこないんだ。
「小助」
「はい」
今度は徳川、もとい家奈先輩の方が口を開いた。
「面白い話をしなさい」
最悪だっ! 会話の引き出しがあまりにも少なすぎる。
いろいろしているうちに、僕の家の前までついていた。と言うことは、家奈先輩はこの先に住んでいるのだろうか。
これから通学路とかであったらどうしよう、嫌だなあ。
僕は鍵を開けると、ドアに手をかけた。
「じゃあ、僕家ここなんで」
「そう。こんなとこに住んでたのね」
「家奈先輩も結構近所なんですね。三丁目のあたりですか?」
「いや、全然この変じゃないわよ。最寄り駅ももう三つ行ったところ」
ん? じゃあなんでここまで来たんだ? 僕の頭が結論を出すより先に、家奈先輩は動きだしていた。僕の家のドアに手をかけて、開いた。
「ちょっ、何してるんですか⁉︎」
「視察よ視察」
こんなやつを家に入れて碌なことが起きるわけがない。大体、なんでうちなんかを視察されなければならないのだ。
僕は当然抵抗するが、強引に入られてしまう。それでも僕が諦めず玄関先で抵抗していると、騒ぎを聞きつけたのか、妹がドタドタと階段を降りてきた。
「ちょっとお兄ちゃん? 何してるのー」
小競り合いしている僕と家奈先輩を見て、妹の表情が凍る。
「照葉! この人は学校の——」
僕が焦って弁明しようとしたところを、家奈先輩が遮った。そしてそのまま、今まで見たことないくらい人の良さそうな笑顔で言い放った。
「こんにちは、照葉さん。私はお兄さんとお付き合いをさせてもらってる、徳川家奈って言います。よろしくねっ」
「ちょっと、アンタ何言ってんの?」
理解が追いつかない僕が、あたふたしていると、妹が黄色い声をあげた。
「きゃあーっ!! おおおお兄ちゃんの彼女っ⁉︎ うわあー、どうしよう! すごいすごい! めっちゃキレイだし!」
なんて言うと、興奮気味で僕が引き留めようとしたのも聞かずに、「おかあさーん! 大変大変大変っ! お兄ちゃんが彼女連れてきたあ」なんて言ってリビングへ駆け出していってしまった。まずい、取り返しのつかないことになる……
僕が隣の狂人に話を聞く間もなく、母親もやってきた。
「え? 小助の彼女さんなの?」
「はい」
間髪を容れず答える。もうこうなってくると訂正することすらできない。
最悪だ……! 僕は隣の徳川にだけギリギリ聞こえるような小声で言った。




