点石成金
手をがっちりとホールドされ、僕は徳川とかいう訳の分からない女に連れられていた。
最初の方は「ちょっ、ガチで勘弁してくださいよ。何なんですか、一旦離して!」っと結構ガチで必死に抵抗していた僕だったが、一度徳川が振り返って、「うるさいっ! 口縫うわよ!」と怒鳴られてから抵抗することをやめた。この人、腕細いのに男の僕より力が強いのは本当に何でなのだろう。
「僕が何したっていうんだよ……」
また怒鳴られないように小さな声で呟く。というか、いったい全体これから何をされてしまうのだろうか? まさか埋められるなんてことはないよね??
ふと周りを見ると、廊下でおしゃべりをしたりしている生徒たちも、モーゼを前にした海水のように徳川に道を譲る。
そしてドナドナされている僕を見て、みんな哀れんだ表情を向けるだけで誰も助けなようともしない。僕が目だけで必死に助けを求めても、後ろめたそうに目を逸らすだけだ。
いや、発想を逆転しよう。ここで僕は村上春樹作品の主人公のように、「やれやれ」と呟くだけだ。
たったそれだけであら不思議、『美少女に振り回されて、それを表面上だけ面倒だと言ってる一昔前のラノベ主人公』の完成だ!
嬉しすぎて目から涙がぽとぽとと溢れる。僕、死ぬのかなあ。
こんなにも聞いた噂がガセであって欲しいと思ったのは、中二の時好きだった子が担任と付き合ってるという話を聞いた時以来だ…… 上原さん、途中で転校したけど今何してるかなあ。そういえば河村先生も、急にどっか行っちゃったな。
ずるずると引きずられているうちにいつの間にか校舎の端まで来ていた。部室棟に入ってからは、昼休みであるせいかほとんど人がいない。いよいよ助けを求めるのが難しそうだ。
僕の思考はそろそろどうやってここから逃れようか、ということからどうやって遺書を残そうかという方にチェンジしていた。
部室棟の一番端までたどり着いたところで、徳川はようやく足を止めた。
クラスプレートを見るといかにも手書き! という文字で『黄金部』と書いてある。
分かってはいたが、いよいよ年貢の納め時のようだ。
徳川は部室のドアを開けると、勢いよく叫んだ。
「連れてきたわっ!」
「おおっ! 来たか」
「……待ってた」
部室にいた残り二人の部員は、特に何の抵抗もなく拉致されてきた僕を受け入れた。一人は男、一人は女だ。やはり入学式の時見た人と同じだ。
二人の顔はかなり似ているが、雰囲気はだいぶ違う。男の方は僕を悪そうな笑顔で値踏みするように見てきたが、女の方は優しそうな笑顔で僕を見た。もしかすると、彼女はこの部活の良心的存在なのかもしれない。一人くらいこういう子がいるのがお約束ってもんだ。
「小栗小助、紹介するわっ! こっちの可愛いのが天海南、そっちの目つきの悪い男がその弟の忠正よ!」
「ああ、はい。そうなんですか」
名前なんて本当にどうでもいい。僕は恐る恐る発言する。
「あのー、徳川……先輩? 僕はなんでここに連れてこられた感じなんですかね?」
「おいおいおいおい。お前シラ切るつもりかよ? それは無理ってもんだぜ」
僕が言うや否や天海姉弟の弟、正忠が入ってくる。目が鋭くて怖い。
「そうよ。小栗小助、ここに連れられた時点で、あんたの秘密は全部バレてると思いなさいっ! あたしたちのリ
サーチ能力を、そこらへんの盗掘家と同じにしないでちょうだい。この私、徳川家奈こそ、徳川埋蔵金を継承するに相応しい、由緒正しき徳川慶喜の末裔なのだから!」
徳川は僕に向かって、自信満々っ! と言った感じで高らかに宣言した。
おお、言葉の意味はよくわからんが、とにかくすごい自信だ!
「ちょっと待ってください。なんだって、徳川埋蔵金? それと僕に何の関係があるってんですか」
徳川埋蔵金なんて十年ぶりくらいに聞いた。しかし何故か懐かしい響きなような気がする。
「だから言ってるでしょ。あたしたちはもう分かってんのよ。いいから早く埋蔵金のありかを教えなさいっ!」
「いや、知らないですよそんなもん」
「はあ……小栗小助! あんたが百五十年前、徳川埋蔵金を隠した張本人である小栗忠順の子孫だってことは分かってんのよ」
「小栗忠順? 誰ですかそいつ。まじで知らないですって。大体、なんで僕も知らないようなやつの子孫だってあんたが知ってるんですか?」
「何でって、そりゃああんたの苗字が小栗だからに決まってるじゃない?」
当然のような顔で徳川は言い放った。本当にこいつは何を言っているのだ?
「ちょっと待ってください。僕は苗字が小栗ってだけでここに連れてこられたってことですか?」
「そうよ! あんたもバカね。よりによって私たち黄金部がいるこの学校に、偽名も使わずに入ってくるなんて。子孫がこれじゃあ、偉大なる権謀家と言われた小栗忠順も案外大したことないわねっ!」
その言葉そっくりそのまま徳川家康に返すわっ!
「いや、ちょっと待ってください。小栗姓なんて多分日本に二十万人くらいいますよ! そのうちの全員がその小栗なにがしの子孫なわけないでしょ」
「それもそうね。でも、あんたは絶対に小栗忠順の子孫よ。だって、あたしの勘がそう言ってるもの!」
この女、想像以上のバカだ。どちらかというと狂っていると言った方が正しいかもしれない。とにかく、話が通じる相手ではない。
いや、流石に他の部員はこのやりとりの異常性に気付いているはずだ。僕は天海姉弟に助けを求める
「ちょっと、そこの二人! 今のどう考えてもおかしいでしょ?」
「いんや、おかしいとは思わねえな。俺らの将軍がそう言ってるんだ。俺らはそれを信じるだけよ」
「……家奈は大体正しい」
最悪だ。よく考えたら、こんな部活に在籍してる時点でこの二人も頭おかしいに決まってるのだ。
僕の抵抗に耐えかねたのか、徳川はまた僕を問い詰めた。
「さあ、そろそろいいでしょ。私に宝のありかを教えなさい」
「本当に知らないですって」
「しつこいわねえ。南、ちょっとアレ持ってきなさい」
「……了解」
徳川からの指令を受けた南先輩が、教室の隅の方に置かれていた箱の中をゴソゴソと探る。いや、この音、ゴソゴソじゃない、ガチャガチャだっ!
絶対金属の何かがでてくる。
「ちょっ、ちょっと待ってください。何を持ち出してくるつもりですか?」
「ふっふっふ。楽しみにしてなさい。ここは火薬から重機のリースの借用書まで、なんでもござれの黄金部よっ! あたしたちが本気になれば、秘密を隠そうだなんて思うこともできないんだから」
爆弾の噂本当だったのかよ! いや、今はそれどころではない。一体何を使って僕にありもしない秘密を吐かせるつもりだろう。もしかしてこれ爪とかいかれるやつなのか?
僕は箱の中をガサゴソといじる南から一度目を逸らし、どうにか隙を見て脱出しようと出口に目を向ける。
「おっと、そうはいかないぜ」
すると、その目線に目ざとく気づいた忠正が扉をブロックしてくる。
僕が死んだらこいつ絶対呪い殺す!
「あ、あった」
退路を断たれた僕の背中に、南の声が無慈悲に響く。
「よし! 早く持ってきなさい」
金属でできたわけのわからないやけに重そうなメカをよちよちとこちらへ運んでくる。ヘルメットのような部分からとんでもない量の配線が出て、何やらモニターにつながっている。多分あれ電気とか出るやつだ。あのヘルメットを被害者の頭に被せて、僕に「あっ、徳川埋蔵金の場所とは、あっ、あっ、あっ」と喋らせるに違いない。僕は自分の最期をいよいよ悟った。
南からそのメカを受け取った徳川は、コードをコンセントに差し込むと、満足そうな笑みを浮かべて僕にヘルメットを差し出してきた。
「さあ小栗小助! これを被りなさい」
誰がそんなもの被るか! そんなの被ったら次の瞬間から口から涎垂らして「徳川埋蔵金と言うあっ、ものがあっ」みたいなことを言わされるに決まっている。
「いやいやいや嫌ですよ、ちょっと」
「おい、暴れんな」
僕は流石に必死に抵抗するが、忠正によって押さえつけられる。
「大丈夫よ、たまに頭がパーになるだけだから」
そんなどっかのひみつ道具みたいな説明のどこが大丈夫なんだ。
しかし、無情にも僕の頭にヘルメットが被せられる。
「じゃあ、行くわよ」
徳川が何やら怪しげなボタンを押そうとしたところで、始業を伝えるチャイムがなった。
くっそ、こんな時に始業なんて、こっちはそれどころじゃないのに……
「あー、残念。時間ね。早く教室に帰らなきゃ」
「え?」
「え? って、あんた。授業の時間よ。チャイムくらい中学の時もあったでしょ」
なぜか黄金部の面々は簡単に例の装置を片付け、授業に向かおうとしていた。
絶対におかしい……こんな無秩序の擬人化みたいなやつらが始業時刻を守るなんて。火薬取締法すら守らなかったくせに!
「授業とか出るんですか?」
「そうね。ほんとはどうでもいいんだけど、あんまりサボってばっかいると部活停止になっちゃうのよ」
「なるほど」
「ほら、あんたも行きなさい。それと、放課後、ちゃんとまた来なさい。分かったわね」
来るわけないだろ。
「分かったわね!」
「はい!」
分かったわけないだろ。
そうやって、僕は人生最大のピンチを乗り切ったのだった。




