Golden Opportunity
水野舞「行ってきます!」
扉を開けて外へ飛び出す。日差しがまぶたにちくちくと突き刺さる。ハレの日に相応しい雲ひとつない晴天だ。
今日から僕、小栗小介は高校生となる。バカばかりしていた中学や、辛かった受験、そんなのも全て過去のもの。これから僕の学園生活が始まるのだ。
受験をそれなりに頑張った甲斐もあって、この辺でも一番人気の私立高校に進学することができた。一番と言っても、通える範囲に学校は三つくらいしか存在しないのだけど。
とにかく、これからは知的は友達、知的な彼女を作って痴的なことをしよう!
僕は晴天に向かって拳を突き上げた。
「小介、何してるの?」
「……」
浮かれているところを見られた。まずいっ! と思って振り返ると、そこにいたのは幼馴染の水野舞だった。ちょっと戸惑ったような顔をしてこちらを見ている。
「なんだ、舞か。知らない人に奇行を目撃されたのかと思ったよ」
「知ってる人になら目撃されてもいいの?」
良くない。ふと舞を見ると、僕と同様に新しい制服に身を包んでいる。
我が高校の女子制服は伝統校らしいセーラー服。胸にかかるリボンが可愛らしい。制服というマジックアイテムによって、舞の魅力も三割り増しくらいに見える。
これが毎日拝めるなんて、僕はなんて幸せなのだろうか。
僕が舞の制服姿に見惚れていると、舞は微笑んで言った。
「でも良かった。小介と同じ学校に来れて」
「へ? それってそういうこと?」
「違う。それは本当に違うから」
結構強めに否定された。今更舞とどうこうなるとか考えてもいないけれど、(いや、僕としては全くもってやぶさかではないけどね)こう強く否定されるとヘコむ。せめてもっと、「い、いや、勘違いしないでよねっ! あんたなんか、好きでもなんでもないんだから!」みたいな感じで否定してくれれば良かったのに。
ちょっと傷ついてる僕を見て舞は慌てて加える。
「でも、同じ学校に通えて嬉しいのは本当だよ」
「そっか。それは素直に嬉しいね。早く学校行こう」
「そうだね。遅刻しちゃう」
二人して駅へ向かって歩いて行く。電車がやってくるのは二十分に一回だから、次の電車を逃したら泣こうが喚こうが遅刻が確定してしまう。これが田舎の辛いところだ。
電車の窓の外に、山々が流れていく。この景色も、新鮮な気持ちで楽しめるのは今日くらいだろう。明日から、見慣れた光景へと変わっていくのだ。
「一緒に登下校する友達とかできるといいな」
「え? 私と一緒に帰ればいいじゃん」
「それはいいのか」
「当然でしょ。同じクラスになれるといいね」
僕たちの中学から今度の高校へ進学したのは、僕と舞の二人だけだ。
クラス分けで別々になれば、知り合いゼロというかなりのアウェイからのスタートになる。
そこまで心配しているわけでもないが、やはり舞がいてくれればありがたい。
「でも、舞とばっか話してて他に新しいヤツと仲良くなれなかったら困るからな」
「あー、それありそう。じゃあ、とりあえず小介のことはシカトするね」
「そんな極端な……」
と、どうでもいい話をだらだらと続けていると、学校に着いた。
今日から僕たちが通うのは、私立徳川学園。群馬県のど真ん中にあるこの学校は、場所相応にだだっ広い土地を有している。
野球、サッカー、テニス、陸上、全てのコートが二面ずつ以上ある上に、裏の山まで学校の敷地であるらしい。サッカーコートには丁寧に整備された芝が青々と生い茂っているし、陸上のレーンも綺麗に広く取られている。
校門を潜って校庭に入ると、大きな桜の木が出迎えてくれた。幸運なことにちょうど満開である。学校のシンボルのような木のようだ。やはり僕も日本人の端くれ、入学式に綺麗な満開の桜を見ると、清々しい気分になる。一句読んでもいいくらいだ。
周りにはちらほらと同じく新入生らしい人たちの姿が見える。可愛い子の一人でもいないかとキョロキョロと辺りを見回していると、校庭のど真ん中に何やら人だかりが出来ていた。
「ねえ、見て。なんだと思う? あれ」
「ん。なんだろ。みんな新入生かな?」
様子をざっと見た感じ、群衆も僕たちと同学年のようだ。そもそも、今日は入学式だから、挨拶をする生徒会長みたいな例を除けば、他の学年は登校していないはずだ。
「ちょっと見に行ってみよう」
野次馬根性100%で僕は人だかりへ向けて足を運んだ。後から考えれば、行くべきではなかったのかもしれない。いや、行っても行かなくても、僕の未来は変わっていなかったのだろう。結局は、避けようのない災難だったわけだ。
「はいはーい! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 新入生のみんな、入学おめでとう!」
人だかりを掻き分けて中を覗くと、中心には三人の男女がいた。見たところ上級生のようだけれど、どうやらこの人たちこの騒ぎの原因らしい。
声を上げているのは三人の中の黒一点だ。そしてその傍に一人の女の子、そしてちょっとした台の上にもう一人女の子が立っていた。他のやつの頭ごしに目を凝らしてよくみると、かなり可愛い!
なるほど、人だかりの理由はこれか、と得心しながらもう一人の女の子の顔を見てみると、こちらもかなり可愛い。おいおい幸先良すぎるだろ。
こんな群馬の田舎の学校に可愛い子が二人もいるなんて、やはり進学校、レベルが違うようだ。努力が報われてよかった。ありがとう、中学時代の僕!
「なんで泣いてんの?」
僕が受験の苦労を思い出して涙していると、いかにもドン引きといった顔で舞がこちらを見ていた。
僕が何かを弁明しようとしたところで、さっきの三人衆の男がまた声を張り上げた。
「では新入生諸君、これから俺たちのリーダーによる、黄金に値するありがたいの話が始まるから、よく聞くように!」
紹介を受けたリーダーであろう台の上の女の子は、置かれていた拡声器を持ち上げた。
「ようこそ! あたしたちの徳川学園へ! あたしたちは『黄金部』、どうせこれから何回も名前を聞くことになるだろうけど、どうせなら今覚えちゃって!」
キーンと、耳をつんざくような大音量でその女は叫んだ。僕を含めた周りの全員が反射的に耳を塞ぐが、当然遅い。耳がバカみたいに痛い。そもそも地声でも校庭中に響きそうなのに、なんで拡声器なんて使ったんだ……
そんな僕らにはお構いなしに、彼女は続ける。
「私たち黄金部はあるものを探しているわ。けど、情報が不足してる、圧倒的にね。だから、新入生のあんたたちに一つお願い! 私たちに、知ってることを教えて頂戴。もちろん対価は支払うわ! なんと、有益な情報には金一封よっ! 金一封!」
金一封と来たか! 言ってることはよく分からないが俄然興味が湧いてきた。まだ耳は痛いが、そんなこと言っている場合ではもちろんない。高校生が欲しいものなんてお金か恋人しかないのだ。
何の情報を欲しているのだろうか? 僕らが次の言葉を待っていると、門からガタイのいい男の教師が出てきた。勝手な予想だが彼は間違いなく運動部、それも球技の顧問だろう。
「おいお前ら! 今日は勧誘禁止ってあれほど言っただろ」
怒鳴りながらこちらへ来る教師の姿を見ると、そのリーダーの女は顔をしかめた。
「結構早いわね。仕方ない。切り上げるわ。一年生のみんな、とにかく、入学して、黄金のような志を持っていると自覚しているものはまず私たち、黄金部の門を叩きなさい! あたしたちは、いつでも待っているわ」
それだけ言うと、黄金部なる連中はそそくさと退散していった。しかし、一体何の集団なのだろう。
なかなかの逃げ足で、息を切らした教師が僕たちの方まで走ってきた頃には、もう影も見えなくなっていた。
その教師は少し息を整えると、僕らの方にいかにも体育系ライクな笑顔を向けた。
「おう。一年生たち。入学おめでとう! ほれ、散れ散れ。入学式に遅れるぞ」
教師は手を振って僕らの一年生の塊を移動させ始めた。
僕も隣で何やら小声で話している舞に声をかける。
「黄金、探している……まさか」
「ブツブツ言ってどうした? 舞、行こうよ。遅れるよ」
「え? あ、うん。行こう行こう」
そうやって、僕の高校生活は、緩やかに幕を開けた。そして、僕のバカみたいな黄金探しの日々も、この時点で始まりかけていた。だが当然、僕は気づかない。




