第七十一話 再会と栄誉
帝国軍の崩壊を確認した王国軍が勝利の歓声を上げる中、ガスト隊は、ゆっくりと王国軍の陣地へと歩みを進めていた。
「兄さん!兄さん!兄さん!」
「ベリル!、さすがにもうダメかと思ったぜ!それにしても酷い格好だ!」
真っ先に駆け寄ってきたのは、弟のユーリと義弟のエリックだった。
血と泥にまみれ、ボロボロになったベリルの姿を見て、二人は言葉を詰まらせながらも、涙をこぼしてその無事な帰還を心から喜んだ。
やがて一行は、本陣へと到着する。そこには、グレイスタイン辺境伯やジュリアス王子、アイリス王女を筆頭に、ベルシュタイン王国騎士団長、クラリス・ローゼンなど重鎮たちが勢揃いしていた。
辺境伯が称賛の言葉をかけようとしたその時だった。
「……ベリル!!!」
鋭い銀の閃光のごとき速さで、エリス・ラングレンが駆け寄った。
彼女は周囲の目も憚らず、ベリルの胸に猛然と飛び込み、その体を強く抱きしめた。
「うおっ……!? 副団長!?」
あまりの勢いに、満身創痍のベリルはたたらを踏んだ。
あの常に冷静沈着な彼女が、なりふり構わず自分に抱き付いているという異常事態に、ベリルは目を白黒させて固まってしまう。
本陣は一瞬にして静まり返ったが、すぐに察し、温かな微笑みが広がっていく。
「……副団長、……みんな、見てます…」
ベリルが困り果てたように囁くと、エリスはハッと我に返り、顔を林檎のように真っ赤に染めて身を引いた。
その後、今回の戦いの全容が語られた。
ベリルは淡々と述べようとしたが、横から隊員たちが興奮気味に補足を重ねるため、話は一向に進まない。
「いいですか、このブーツですよ!」
ヴァルターが足を差し出し、力説する。
「隊長考案の特製ブーツ! 鋲を打ち、松脂と蜜蝋、獣脂で固めた逸品です。これがあったからこそ、あの泥濘でも神速で動けた。軍における大発明ですよ!」
「背負い盾の工夫もです! あれで背後を気にせず逃げ切れた」
「そもそも、わざと敵本陣に兵を集めたのも、地盤の衝撃を最大にするための計算だったんです。あの絶望的な状況で微塵も動じず、帝国軍を誘導する姿はまさに神懸かってました。ベリル隊長はどこまでも先を見通す千里眼の持ち主なのです」
「鋼鉄の盾を紙のように斬り裂いた神業!」
「『鉄槌』バルカスの顔に一太刀入れた一騎打ちも、人間の業とは思えぬ凄まじさで!」
重鎮たちから時折、「おぉ」と感嘆の声が漏れる。
さらにエリスまでもが
「私がもうこれまでだと諦めかけた時、ベリルが颯爽と私の前に立ちはだかって、敵将セレス・ヴァレンタインの極大火炎魔法を目の覚めるような一閃で斬り裂いたんですよ!」
と夢中になって頬を赤らめながら付け加えると、、、
本陣の空気は凍りついた。魔法を「斬る」という前代未聞の報告に皆が驚愕する。
「普通……そうなりますよね………」
ミラが呟いた。
盛り上がった隊員たちは、もはや酒場で武勇伝を語る調子で饒舌になっていく。
「これだけじゃないんですよ! 沈黙の谷でのあの鮮やかな盗賊捕縛!」
「ワイバーンの尾を斬り落とした時のあの一閃!」
「ガンダル砦で敵を手玉に取ったうえに、山そのものを崩して敵を殲滅したあの計略!」
「神速でガレリア帝国の剣の使い手を追い詰め、剣もろとも一刀両断したあの豪剣!」
次々と飛び出す規格外のエピソードに、天幕の中はもはや驚愕を通り越してお祭り騒ぎの大盛り上がりとなった。
ベリルは「少し話を盛りすぎだ……」と頭を押さえて苦笑いするしかない。
皆が口々に称賛を贈る中、最後にバレン・ガルドスが歩み寄った。彼はベリルのボロボロになった姿をじっと見つめ、不敵に口角を上げた。
「ようやく、表舞台に出てきたな。ベリル・ガスト」
バレンは、もはや擦り切れ、戦場の泥に汚れ果てたベリルの背の布を指差した。
「その格好を見れば、もはやお前を臆病者の『不戦の外套』などと呼ぶ者は、この王国のどこにもおるまい」
その言葉は、かつて隠遁を望み、臆病者と蔑まれていた男が、ついに王国を救う真の英雄として認められた瞬間だった。




