第七十話 帰路
戦場の喧騒から遠く離れた、平原の端。ベリルの指示通りに離脱したガスト隊は、ようやく足を止めて肩で息をついていた。
「……おい、全員揃っているか! 欠けてる奴はいないな!」
マルクが鋭い声を上げ、泥と汗にまみれた隊員たちの顔を一人ずつ確認していく。
「おう、こっちは大丈夫だ」
ガストンが応え、最後に隊列の後方を振り返った。
「デニス! デニスはちゃんといるんだろうな。あいつはすぐ腰を抜かしやがるからな」
「……いますよ。さすがに今回ばかりは、座り込んでたら命がないって初めから分かってますから」
少し離れた場所で、デニスが力なく手を挙げた。
「違えねえ。今回ばかりは、俺たちも助けに行ってやれねえからな!」
ガストンの言葉に、張り詰めていた空気がわずかに緩み、隊員たちの間に力ない笑いが漏れた。
その時だった。 足元の地面が震え、背後の戦場から、この世のものとは思えない巨大な轟音が響いてきた。
一同が振り返ると、そこには信じがたい光景が広がっていた。自分たちがつい先ほどまで命を懸けて戦っていた大地が、巨大な顎を開くように崩落し、黄金色の砂塵を上げながら帝国軍の軍勢を次々と飲み込んでいく。
「……嘘だろ。本当に、全部沈んじまった……」 「隊長の、言った通りだ……」
隊員たちは、その圧倒的な破壊の光景に言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くした。だが、すぐに一人の声が静寂を破った。
「……隊長は? 隊長は大丈夫なのか!」
全員の視線が、砂塵の舞う陥没地帯の向こう側へと注がれる。
刻一刻と時間が過ぎるが、動く影は見当たらない。
「まさか、巻き込まれたんじゃ……」
「そんなはずない! あの隊長が!」
否定する声とは裏腹に、隊員たちの顔には焦燥と不安が広がり始める。
「……あ」
誰かが声を漏らした。
「隊長!?」
ルルが呟く。
「どこだ?見間違えじゃねぇのか」
「ほらあそこ、見なさい」
ミラがライアンの頭を抑えて指差す。
陽炎と土煙が揺れる地平線の向こうから、一つの影がよろよろと現れた。
剣を杖代わりに突き、足を引きずるようにして。鎧は砕け、服はボロボロに裂けている。だが、その歩みは確実にこちらへ向かっていた。
「ほんとうだ……………」
「「「隊長だ!隊長が帰ってきたぞ!!」」」
誰の叫びだったか。ガスト隊の全員が、堰を切ったように走り出した。
「隊長! 隊長ーーっ!」
涙をボロボロと流しながら、隊員たちが次々とベリルの体に抱きつく。
「わ、わかったから、やめろ……傷に響く」
ベリルは顔をしかめ、力なく笑った。
「せっかく……死ぬ思いで生きて帰ってきたのに、お前らに押し殺されるのは御免だぞ」
その言葉に、抱きついたまま泣きじゃくる者、肩を叩く者、ただ無言で涙を拭う者。全員が、自分たちの主が帰還した喜びを噛み締めていた。
ベリルは沈みゆく戦場を一瞥し、そして再び、愛すべき隊員たちに視線を戻した。これまでにないほど穏やかで、安心しきった表情を浮かべて。
「……さあ。みんな、家へ帰ろう」
その一言に、ガスト隊の長い一日は、ついに終わりを告げた。




