第六十六話 神速の強襲
「いいか、全員外套を被って草の丈より低く構えろ。音を立てるな、風になれ」
ベリルの低く鋭い声がガスト隊に飛ぶ。
「風蹄の加護…」
ルナが加速の魔法をかける。
「全員に魔法をかけ終わったわ。足がもつれないように気をつけるのよ」
平原を覆う深い草むらの中、彼らは地を這うような姿勢を保ったまま、驚異的な速度で駆け出した。
それはまさに神速。帝国軍の注意が前線の激闘に削がれている隙に、彼らは戦場を大きく迂回し、その背後へと音もなく回り込んでいく。
やがて、隊の目前に巨大な天幕と、それを守護する重装騎兵の一団が現れた。
その中心に、ひときわ異彩を放つ巨漢がいた。身の丈ほどもある巨大な戦鎚を肩に担ぎ、漆黒の軍馬に跨る男。帝国軍の『鉄槌』バルカス・ドラクロワである。
「見つけたぞ」
ベリルの瞳に火が灯る。彼は足を止め、背後の隊員たちを振り返った。
「俺が一騎打ちを仕掛ける。その間、弓兵は常に場所を変えながら周りの兵を確実に射殺せ。他の者たちは四方に散り、死に物狂いで雄叫びを上げろ。敵を撹乱し、包囲されていると錯覚させるんだ。ただし決して草むらから顔を出すんじゃないぞ」
「隊長……」
「いいか、決して正面からは戦うな。ただ逃げ回り、敵の目を逸らし続けろ。そして――」
ベリルは最後に、ある極めて重要な指示を伝えた。その内容に、隊員たちの表情が引き締まる。
「……行け!」
刹那、ベリルは草むらから弾丸のように飛び出した。
「グレイスタイン辺境伯親衛隊ガスト隊隊長、ベリル・ガスト! バルカス・ドラクロワ、その首貰い受ける!」
バルカスが眉を動かした瞬間には、ベリルの剣がその眼前に迫っていた。
「ぬうっ!」
バルカスは瞬時に戦鎚を振り上げ、横一線に受け止める。だが、鋼が触れ合った瞬間に走ったのは、人の手によるものとは思えない凄まじい衝撃だった。
「な……っ!?」
あまりの一撃の重さに、バルカスの巨体が軍馬ごと押し込まれる。耐えきれなくなった馬が悲鳴を上げて崩れ、バルカスは落馬するが、空中で巨体を翻し鮮やかに着地した。
「曲者っ!!!」
ベリルの襲撃に護衛兵が鋼鉄の盾を構えて押し寄せる。
「邪魔だ…どけ…」
ベリルの声が低く響くと同時に、大地を深く蹴り横薙ぎの一閃。
――キィィィィィン!!!
甲高い金属音と共に鋼鉄の盾を護衛兵ごと真っ二つに斬り裂いた。
「「「はぁ!?」」」
ベリルの行方を横目に見ていたガスト隊の面々が驚愕で硬直する。
砂塵が舞う中、バルカスが顔を上げる。その瞳には、驚きを通り越した狂乱の歓喜が宿っていた。
「……聞いたこともない名だが、王国軍にお前のような強者がいたとはな」
バルカスは戦鎚を構え直し、どす黒い殺気を膨張させる。
「面白い。直々に、その骨の一本残らず粉砕してやろう!お前たち手出しをするな!」
その周囲では、平原のあちこちから正気に戻ったガスト隊の咆哮が沸き上がった。
「「「うおおおおおっ!!」」」
ガストンやガラムたちが叫びながら走り回り、マルク、ミラ、ルルたち弓兵が草むらから確実に射殺していく。
「敵の奇襲だ!」
「クソッ、囲まれているぞ!!」
「一体どこから……!」
枯れ草色の外套を羽織った隊員たちを帝国兵たちは捉えることができない。
怒号と砂塵を巻き上げて帝国軍後方を混乱に陥れていく。
そして、運命の一騎打ちが、今始まった。




