第五十一話 鋼の盾と、疾風の槍
カノープス平原に、帝国軍の重厚な咆哮が鳴り響いた。
「浮き足立つな! 相手は辺境の田舎騎士だ、戦い方は熟知している!」
帝国軍左翼を統べるグスタフ・クローネ公爵の怒声が、混乱していた帝国兵を呼び戻す。
エリスの魔法によって砕かれた前線を、後方から次々と補充される重装盾兵が埋め、瞬く間に「鉄の壁」が再構築された。
「……やはり、一筋縄ではいかんか」
グレイスタイン辺境伯が目を細めた。
帝国軍の反撃は、静かに、そして苛烈に始まった。
「放てッ!」
グスタフの合図とともに、盾の列の後方に配置されていた投石機が一斉に唸りを上げた。降り注ぐのは、頭を容易く粉砕する無数の礫の雨。爆炎や魔法とは異なる、物理的な質量による暴力が辺境伯軍の頭上を襲う。
「クッ、全軍、盾を上げろ!」
回避不能の投石の雨に、快進撃を続けていたガルガの獣人部隊やシグリッドの弓兵たちが足を止めざるを得なくなる。勢いが削がれた、その瞬間だった。
地平線を埋め尽くしていた帝国軍の盾の列が、中央から左右へと割れた。
「蹂躙せよ! 帝国騎士の矜持を見せろ!」
その隙間から、黒鉄の甲冑に身を包んだ帝国重装騎兵の大軍が、怒涛の勢いで辺境伯軍へと牙を剥いた。
「ハンス! ベルトルト!前へ出ろ!」
ヴィクトールの鋭い指示に、第三守備隊長ハンス・ヴォルガが巨躯を揺らして応える。
「おおお! 我らが盾を抜けると思うなよ!」
ハンス率いる屈強な盾兵部隊が最前列へと躍り出た。彼らは大盾を重ね合わせ、大地に深く突き立てる密集陣形を展開。
「来るぞ!衝撃に備えよ!」
その隙間から第四守備隊長ベルトルト・ハインの長槍が覗く。
ガルガ、シグリッド、そして魔法を詠唱する必要があるエリスの部隊をその背後へと一旦退かせ、鉄の津波を正面から受け止めた。
ーーガシャーーーーーン!!
激突。凄まじい衝撃音とともに、重装騎兵に蹴散らされ盾が弾け飛ぶ。同時に帝国騎兵の槍がハンスたちの盾に突き刺さる。
「耐えろ! 一歩も引くな!」
ハンスが叫ぶが、帝国重装騎兵の突進力は凄まじく、辺境伯軍にも少なくない損害が出始める。盾を砕かれ、馬に踏み荒らされる兵たち。
さらに、追い打ちをかけるように帝国騎兵の「第二波」動き出した。
「横槍を入れろ! 長槍隊、構えッ!」
そこにベルトルトが割って入った。散開していた長槍隊へに素早く指示を出し、帝国騎兵の横腹に「槍の林」を出現させる。帝国騎兵は、ベルトルトの冷静な指揮による迎撃に遭い、その機動力を削がれた。
「……待たせたわね」
戦場を支配する鉄と血の匂いの中、銀髪を翻したエリスが再び魔導杖を構えた。
「氷晶の礫よ、灰燼に帰しなさい! 蒼炎の嵐!」
再編を終えたエリスの部隊が、敵軍中央に水蒸気爆発を起こす複合魔法を放ち、帝国軍の連携を再び寸断する。
「クソッ化け物め!!!」
さらにその爆炎を切り裂いて、一人の男が先頭に立ち、戦場へと突き進んだ。
「何か突撃してくるぞ!!」
「あれは『不落の盾』バレン・ガルドスだぞ!!!」
「臆するな!前へ出よ!」
最強の騎士、辺境伯騎士団団長バレン・ガルドス。その存在が帝国兵を震え上がらせる。
「死にたい者から前に出てくるがいい!!!……全軍、私に続け!」
不落の盾と評される彼が自ら剣を抜き、反撃の火蓋を切り直した。




