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不戦の外套〜臆病者と蔑まれた騎士の英雄譚〜  作者: nyancos


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第四十八話 再会と嘲笑

 領都エストレアの正門を、王都の威信を象徴する「王国騎士団」が堂々と入城した。


 白銀の鎧を陽光に輝かせ、整然と並ぶ数千数万の騎兵。その中央には、王族の金色の獅子旗と、王国騎士団の双剣旗が誇らしげに翻っている。


 沿道に詰めかけたエストレアの民衆や、先んじて集結していた辺境伯領の兵たちは、その圧倒的な威容に言葉を失い、次いで地鳴りのような歓声を上げた。


 第一王子ジュリアス、第三王女アイリス。彼らを守るのは隊長オスカー・グリンガルド率いる近衛騎士隊が続く。


 そして『王国の剣』と謳われる王国騎士団長ジークハルト・ベルシュタイン、『白銀の戦乙女』クラリス・ローゼンといった王都の最高戦力とも言われる騎士たちや諸侯たちが一同に介したその光景は、見る者に勝利を予感させるに十分だった。


 広場では、グレイスタイン辺境伯を筆頭に、辺境伯軍の幹部たちが最敬礼で一行を迎えていた。


「よくぞ参られました、ジュリアス殿下、アイリス王女殿下。そしてベルシュタイン騎士団長。貴公らがこの地に立っただけで、兵たちの士気は天を突く勢いだ」


 辺境伯の歓迎に、ジュリアスが力強く頷く。


「辺境伯、安心せよ、精強な騎士を伴い急ぎ参じた。帝国の思い上がりもここまでだ。我が王国の力、此度の平原にて存分に見せつけてやろう。」


「殿下、まずは落ち着きを」


 一歩退いて控えていた騎士団長ジークハルトが、その重厚な声で場を引き締めた。


「グレイスタイン卿、我ら王国騎士団は陛下の名において貴公と共にある。だが、相手はあの『鉄槌』バルカス・ドラクロアが率いているうえ、献策しているのは参謀長ゾルタン・ディートリヒだ。容易に隙を見せるとは思えぬ。祝杯を挙げる準備するのは、奴の首を獲ってからにしよう」


 その傍らでは、クラリス・ローゼンが慈愛に満ちた柔らかな微笑みを浮かべつつ、戦士としての鋭い双眸で辺境の空気を読んでいた。


「主の慈悲があらんことを。……ですが騎士団長、辺境伯閣下。此度の戦、我らはこれまでのところ彼らの策略をことごとく破っております。……それだけに、何か背筋に冷たいものが走るような、不穏な気配を感じるのです。慎重にことを進めるべきかと存じます」


 王国軍の誇る「最強の布陣」に、周囲の将兵たちが昂揚感に包まれる中、ベリルは少し離れた場所から彼らを静かに見守っていた。

 すると、近衛騎士の列から一人の若い騎士が、ベリルの姿を見つけ、居住まいを正して歩み寄ってくる。


「……兄さん、いや、ベリル・ガスト隊長」

「ユーリか。立派になったな。その鎧もよく似合っている」


 近衛騎士として王族に帯同していたのは、王都の有力貴族アルトハイム子爵家へ養子に出ていた実弟、ユーリ・アルトハイムだった。


「兄さん…何だか変わった格好だね。でも元気そうで良かった。さっき、エリック義兄さんにも会ったよ。アニス姉さんたちも元気でやってるって」


「そうか、母さんたちにもまた顔を見せてやってくれ」


「厳しい戦いになりそうだけど、兄さん無茶しないでよ」


「ああ、分かった。お前もな。おっと、仲間が来たようだ」


 兄弟の再会を喜ぶ時間は、最後尾から現れたガスト隊の姿によって一変した。王国騎士たちの間に絶句と、隠しようのない蔑みが広がる。


「……な、なんだあれは? 正気か?」


 王国騎士たちの間からは野次が飛んだ。


「野盗か、いや、あの旗印と外套は辺境伯の親衛隊だぞ」

「この獣臭さはなんだ。辺境伯は猟師までかき集めるほど追い込まれているのか!」

「背中の盾を見ろよ、まるでカメだぜ」


「おい、見ろよ。俺たち人気者だぜ」

 ライアンがニヤつく。

「笑い者の間違いでは」

 デニスが背筋を伸ばし胸を張る。

「静かにしなさい」「痛っ!!」

 少し顔を赤らめたミラがライアンの足を踏む。


 金属鎧を捨て、枯れ草色の革鎧と外套を纏い、不格好な甲羅のような大盾を背負う集団。そして鼻を突く強烈な獣臭。 歩く度にガリガリと金属音が響く。


 ヴァルターは恥ずかしさに顔を赤くしたが、隣に立つベリルの微塵も揺るがない堂々とした姿を目にすると、恥ずかしさを飲み込み、背筋を伸ばして胸を張った。


「辺境伯家は親衛隊に甲冑すら満足に買い与えられない程に困窮しているのか」

 ジュリアスは呆れ顔で笑い言い放った。


 クラリスはそんな彼らを慈しむような目で見つめ微笑み、辺境伯は満足そうに笑った。



 そこへ、レオン・ボルドーが、わざとらしく鼻をつまみながらベリルの前で足を止めた。


「辺境伯の親衛隊と聞いていたが、これではまるで野盗の寄り合いだ。お前は『不戦の外套』だったか。その汚らしい姿で、敵の戦意を削ぐつもりか?」


 レオンの無礼な物言いに、ユーリが怒りで拳を激しく握りしめる。


「ボルドー殿、言葉が過ぎる……!」


「構わん、ユーリ」


 ベリルはどこ吹く風で、ひらりと手を振った。


「ボルドー様お久しぶりです。此度はいち早くボルドー様の窮地に駆けつけられるように身軽にしておきました。ご武運を…」


「……ふん、臆病者の戯言を」


 レオンは吐き捨てるように去っていった。



 やがて進軍の角笛が鳴り響く。王国軍、そして異様な格好をしたガスト隊を擁する辺境伯軍は、静かにカノープス平原へと足を踏み入れた。


 平原に入ると各隊が布陣した。本陣を張ると、すぐさま天幕の中で緊迫した軍議が始まった。


「状況は予断を許さない。これより、帝国軍を屠る策を伝える」


 砂盤の上に置かれた駒を、湿った平原の風が冷たく揺らしていた。

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