第四十二話 円卓の激震
領都エストレア、辺境伯邸「円卓の間」。
重厚な扉が開くたび、辺境伯が統べる騎士団を支える隊長たちが、それぞれの戦地の匂いをさせて集まってきた。
「ようギュンター!荷車隊長 ! いつも堅パンと干し肉ばかりじゃなくて、たまには美味いもの食わしてくれよ」
第五守備隊長、豹の獣人ガルガ・ドムが、野太い声で笑いながら第八隊長の肩を叩いた。
「……ガルガ。貴様の隊が戦場を跳ね回れるのは、その堅パンがあるからだ。嫌なら次からはその辺の石でも食っていろ」
第八守備隊長ギュンター・クレイが、視線を合わせず冷淡にその手を振り払う。
その横では、第六守備隊長シグリッド・ヴァルマが、第七隊のオスカー・ライヘンバッハをニヤつきながら皮肉げな目で見つめていた。
「おいオスカー。その鏡みたいに輝く甲冑、市街の警ら中に女に顔を売るには最高だな。他に使い道がないなら私が貰ってやろうか」
「……何だと? 身の程をわきまえろ、野蛮女。我ら第七隊の銀甲冑は都市の威信を守る要だ」
オスカーが見下した表情で鼻を鳴らす。
その険悪な空気を、第九守備隊長オットー・ミュラーが杖を床に突いて一喝した。
「主君の前だぞ、小童共。その減らず口を閉じんか」
円卓の上座には、主君ヴィクトール・グレイスタイン。その傍らには、騎士団長バレン・ガルドスと副団長エリス・ラングレン。端には、親衛隊の隊長カイト・ヴァナレンが影のように潜んでいた。
「――以上が、ガンダル砦における事案の概要だ」
バレンが報告を締めくくると、室内は非現実的な沈黙に包まれた。
「……今回の侵攻、いつもの小競り合いとはわけが違うようだな」
沈黙を破ったのは、第三守備隊長ハンス・ヴォルガだった。太い腕を組み、眉間に深い皺を刻む。
「ああ。報告によれば、帝国の動きは組織的かつ迅速だ。どうも今代の皇帝は、我らが想像している以上の野心家らしい。近隣諸国にも同時に戦を仕掛けているという噂もある」
副団長エリスが補足すると、オットーが低く唸った。
「方々に兵を向けながら、我が領にも一個連隊を差し向けるか……。帝国は本気で大陸の地図を塗り替えるつもりだな。
「しかしながら伯父上…」
第十守備隊長コンラート・エストレアが、砂盤のガンダル砦を指差した。
「なぜ、あえてガンダル砦だったのですか? 峻険な崖に阻まれ、帝国側からの進軍は困難。大軍を動かしてまで落としに行くような重要な拠点とも思えません。」
辺境伯が、悔恨を滲ませるように目を細めた。
「……あそこは帝国側からの行軍は厳しい。私も、それゆえに手薄にしていたのは迂闊だった。しかし、あそこが帝国の手に落ちれば我々の動きが筒抜けになるおそれがある」
主君の言葉に、隊長たちが息を呑む。
「おそらく奴らは、ガンダル砦を落とした足で領都へも奇襲をかけるつもりだったのだろう。我々が狼狽え、混乱している隙に、本隊が国境線を一気に食い破る手筈だった……。と考えると紙一重だったのだ」
「……団長、ならばなおさら信じられん。その奇襲の尖兵たる精鋭部隊を、わずか百そこらで殲滅したなどと」
ハンスが、太い腕を組んで詰め寄る。
「事実です。現場はもはや戦場ではありませんでした」
影からカイトの声が滑り込む。
「三千の骸は原形を留めぬ肉塊となって転がっています。帝国は今、正体不明の「死神」に恐慌状態にあるでしょう」
「誰がやった……団長か? それとも副団長か?」
色を失ったオスカーが問う。ヴィクトールがゆっくりと立ち上がり、その主導者がベリル・ガストであることを明かすと、場は騒然となった。
「閣下、正気か! あの男に、三千を屠る力などあるはずがない!」
「そうだ! 逃げ回るのが唯一の特技の、ただの小隊長だぞ!」
吠えるオスカーやガルガに対し、バレンは少し口元を緩めたが、すぐに表情を戻して言った。
「信じられんかもしれんが、閣下のおっしゃる通り、それが事実だ」
静まり返る円卓。その沈黙を、ヴィクトールが断ち切った。
「驚いている暇はない。帝国軍の一個連隊が消滅したのだ。連中の再侵攻はしばらくは停滞するだろうが、これは始まりに過ぎん。次に来る連中の怒りは、これまでとは比較にならんぞ」
バレン・ガルドスは砂盤の上に駒を置いた。
「ハンス、ベルトルト。第三、第四守備隊はガンダル砦を含む国境拠点の守備を固めろ。帝国の第二波は必ずここを潰しに来る。コンラートは第十守備隊の工兵を動かし、砦の修繕と拠点の要塞化を急げ」
「ハッ! 工兵の腕、存分に振るってやりましょう」 コンラートが手帳に筆を走らせる。 「了解だ。我が第三隊の盾、そう容易くは通さんよ」 ハンスもまた、重厚な拳を円卓に置いた。
「ギュンター。第八守備隊は領都から前線への補給線を再編しろ。長期戦を視野に入れ、一兵の飢えも許さぬよう差配せよ。オスカー、貴公は第七隊を動かし、領内の治安維持を徹底しろ。密偵の疑いがある者は一人残らず炙り出せ」
「承知いたしました」 ギュンターが静かに頭を下げ、オスカーもまた鋭い視線で応えた。
「シグリッド、ガルガ。貴公らは国境付近からガレリア側の拠点を偵察しろ。奴らがどこで軍を再編し、何を狙っているのかを突き止めるのだ。カイト、親衛隊は帝国内部の諜報を継続せよ。この惨劇が帝都にどう伝わり、誰が動くのか……影から見極めろ」
「了解だ。ネズミ一匹、森から逃がしはしねえよ」
ガルガが牙を見せて笑う。
「承知しました」
カイトが頷く。
さらにヴィクトールが第四守備隊長ベルトルト・ハインに鋭い視線を向けた。
「ベリル・ガストと第五小隊は私の直轄である親衛隊へ編入とする。ベルトルト、異存はないな?」
「むしろ助かります。あの男を縛るには、私の器では少々狭すぎました」
ベルトルトが不敵に笑う。
「バレン。ベリルの功績は、表向きは『親衛隊の隠密作戦』として処理しろ。」
ヴィクトールが再び腰を下ろすと、威厳のある主君の顔に戻っていた。
「今度は我々が帝国の鼻っ面を叩く」
「ハッ!!」
居並ぶ隊長たちの咆哮が、円卓の間に響き渡った。




