第四十一話 賑やかな再会と、静かなる包囲網
翌朝、ベリルは街で一番人気の焼き菓子が並ぶ店へ立ち寄り、子供たちが喜びそうな甘いクッキーの包みをいくつか買い込んだ。
そして約束通り、エリックとアニスの家へと向かう。昨夜の酒場での喧騒とは違う、穏やかな朝の空気が心地よい。
玄関の扉を叩くと、中から「はーい!」という元気な声と共に、アニスが顔を出した。
「もう、兄さん! 顔を見せないからみんなで心配してたんだから!」
開口一番の小言。だが、その目は再会を喜ぶ色で潤っている。アニスの背後からは、二人の小さな影がおずおずとこちらを窺っていた。
「ほら、おじちゃんだよ。覚えてる?」
アニスに促され、5歳になる甥のテオと、3歳の姪リリが顔を覗かせる。
しばらく見ない間に少し背が伸びたようだが、久しぶりの再会に二人ともベリルの無精髭の生えた顔を見て、アニスのスカートの陰に隠れてしまった。
「……これ、お土産だぞ。街で一番人気のクッキーだ」
ベリルが膝をつき、目の高さに合わせて包みを差し出す。その瞬間、テオの鼻がぴくりと動き、リリの瞳が輝いた。
「「わあぁぁぁ!」」
人見知りは一瞬で霧散した。二人は競い合うように包みを受け取り、家の中を飛び回り始めた。その騒がしさに苦笑いしていると、背後から馬車の止まる音がした。
「あら、行方不明のお兄様が、ようやく重い腰を上げたのかしら」
振り返ると、そこには領都の商家に嫁いだ次妹のミーナが、実家に残っている末妹のリナを連れて立っていた。
ミーナは相変わらずの不敵な笑みを浮かべ、リナは「ベリル兄さん、おかえりなさい」と、久しぶりの再会に控えめながらも嬉しそうに駆け寄ってくる。
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広間では、それぞれが持ち寄った手土産を囲んでのお茶会が始まった。
「領都の商売はどうなんだ? ミーナ」
エリックの問いに、ミーナは優雅に紅茶を啜りながら答えた。
「絶好調よ。最近は北方の毛皮を独占的に扱う販路を確保したの。旦那様は慎重すぎるから、私が少し背中を押してあげたわ。今や領主様御用達の商会と言えば、うちの名前が一番に上がるくらいよ」
ミーナの商才と気の強さは、商家に嫁いでもますます磨かれているようだ。三姉妹がそれぞれの近況で盛り上がり始めると、エリックがベリルの耳元で「こうなると長いんだ。俺たちは聞き役に徹するしかないぞ」と苦笑いしながら囁く。
やがて、お菓子を平らげてお茶会の話に飽きてきたテオとリリが、ベリルの左右から服の裾を力一杯引っ張り始めた。
「おじちゃん、遊ぼう! お馬さんになって!」 「騎士ごっこ! 騎士ごっこがいい!」
「おい、服が伸びる……わかった、わかったから」
ベリルは立ち上がり、テオとリリを背中に乗せて「馬」になり、リリには木剣の代わりのスプーンを持たせて騎士ごっこに付き合う。
「突撃ー!」「悪いワイバーンをやっつけろー!」
ベリルは居間を這い回り、わざと足をもたつかせて「おっとっと」と崩れ落ちるふりをする。そのたびに子供たちの弾けるような笑い声が部屋に響き渡った。
剣を振るう時は一寸の狂いもない動きを見せるベリルが、リリにマントに見立てた布を被せられ、テオに「もっと速く走れ!」と急かされてタジタジになっている。その光景を眺めていた妹たちが、クスクスと笑い声を漏らした。
「兄さんって、相変わらず面倒見がいいわね。昔から、私たちが泣くと真っ先に飛んできてくれたもの」
アニスが懐かしそうに目を細める。すると、ミーナがここぞとばかりに乗り出した。
「そうね。でも、これだけ子供の扱いが上手いなら、いい加減お嫁さんを貰って身を固めたらどうなの? 独り身で戦場ばかりなんて、お母様がいつまでも夜も眠れないってこぼしているわよ」
「いや、俺はまだいいよ。今は小隊のことも……」
ベリルが言い訳を探すが、すかさずアニスが畳み掛ける。
「『まだいい』なんて聞き飽きたわ! 兄さん、いい加減にお母さんを安心させてあげなさい!」
「俺も同感だな。ベリルなら、きっと良い父親になれると思うんだが」
エリックまでが加勢し、逃げ場のない包囲網が完成する。
「そうよ! 領内の商家には、おしとやかで素敵な令嬢がたくさんいるわ。私が最高のお見合い相手を選んで、来月には用意してあげる!」
「ミーナ、待て、早すぎる……!」
身を乗り出すミーナ、詰め寄るアニス、頷くエリック、そして背中で「行け! 僕の白馬!」とはしゃぐテオ。
かつて戦場で死線を潜り抜けたベリル・ガストも、家族の愛情という名の猛攻には、ただただタジタジになりながら、助けを求めるようにリナの方を見た。
だがリナもまた、「私も、お義姉さんが見てみたいかな」と悪戯っぽく微笑むだけだった。
「……ワイバーンの相手の方が、まだ楽だったな」
ベリルは小さく溜息をつき、賑やかで幸せな嵐に身を委ねるのだった。




