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不戦の外套〜臆病者と蔑まれた騎士の英雄譚〜  作者: nyancos


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第四話 不戦の外套と、消された戦果

 アステリア王国の北西端。南北を険しい山脈に挟まれ、悠然と広がる谷の喉元を塞ぐように、その街は築かれている。


 グレイスタイン辺境伯領、領都エストレア。


 西のガレリア帝国、そして北のノルガルド王国へと続く主要街道が合流するこの地は、外敵の侵攻を阻む巨大な「盾」であると同時に、絶えぬ人馬が富を運ぶ「門」の役割を併せ持っていた。山々の稜線を背に、谷の全幅を埋め尽くす重厚な城壁は、明日を繋ぐ「暁の礎」として、その懐に抱く街の活気を静かに守り続けていた。



 数日後、魔獣討伐を終えた軍は、辺境の拠点へと凱旋した。石畳の大通りは、その行軍を一目見ようと集まった群衆の熱気に包まれている。その中を名門、ボルドー伯爵家の嫡男であるレオン・ボルドーの部隊が威風堂々と行軍する。


「流石は伯爵家のご子息だ。あんなに激しく戦われるとは!」


「ああ、あの傷ついた甲冑を見れば、どれほどの死闘だったかよくわかる」


 レオンは、あえて手入れを遅らせた甲冑を纏い、傷跡の残る外套を誇らしげに揺らして馬を進める。その後ろでは、救出されたボルドー隊の兵たちが一様に沈痛な面持ちで俯いていた。


 一方で、列の最後尾を進む第五小隊に対しては、不審と冷笑の混じった視線が突き刺さる。


「おい、あいつら本当に同じ森にいたのか?」

「鎧の綻び一つないじゃないか。顔色もいいし、まるで物見遊山でもしてきたような風体だぜ」


 小隊長ベリルを筆頭に、第五小隊の面々には目立った外傷がなく、装備も使い込まれてはいるが乱れがない。その不自然さこそが、戦場から逃げ回っていた何よりの証拠だと周囲には映っていた。



---


 その後の論功行賞はさらに醜悪なものとなった。上座には王国騎士団長ジークハルト・ベルシュタイン、隣にアイリス・アステリア王女、その傍らにヴィクトール・グレイスタイン辺境伯と辺境伯騎士団長バレン・ガルドスと副団長エリス・ラングレンが同席していた。


「――レオン・ボルドー。報告によれば、森の深部にて魔獣の伏兵を退け、甚大なる被害を出しつつも殿を務め上げたとある。その武勇、アステリア王国騎士の鑑である」


 オズワルドの称賛に、レオンは仰々しく胸を張る。続いて、末席のベリルに冷ややかな視線が向けられた。


「……翻ってベリル・ガスト。後方支援の不備によりボルドー隊を窮地に陥れた件、弁明はあるか」


 騎士たちの忍び笑いが漏れる中、ベリルは無表情に深く頭を下げた。


「……ございません。すべて私の不徳の致すところにございます」


 辺境伯騎士団長バレン・ガルドスは目を閉じ、副団長エリス・ラングレンの冷たい視線が突き刺さる。


「認めると。……よかろう。第五小隊への報奨金は減額とする。下がれ」


 ベリルは音もなく一礼し、静かに身を引いた。


 その背を追う辺境伯の眉間に、深い皺が刻まれる。隣で勝ち誇るレオンを一瞥し、忌々しげに肘掛けを指で叩いた。



---


 その夜、街の酒場『跳ね馬亭』は凱旋を祝う熱気に包まれていた。第五小隊が陣取るテーブルに、他部隊の兵たちが嘲笑を浮かべて寄ってくる。


「おい、第五小隊! お前ら、戦場で居眠りでもしてたのか? その小綺麗な格好、どんな魔法がかかってるのか教えてくれよ!」


 その冷やかしに、新兵のデニスが椅子を蹴って立ち上がろうとした。だが、それを制したのは看板娘のエルザだった。


「はいはい、うるさいわよ。その居眠りができるほどあんた達が活躍したんでしょ。だから今夜は報奨金をたっぷり使っていきなよ」


 看板娘のエルザが手際よくジョッキを並べながら他部隊を追い払うと、副官のマルクもひらひらと手を振って戯けて見せた。


「全くだ! お前ら勇者様方が獅子奮迅の大活躍をしてくれたもんな。おかげで俺たち、今回も一汗もかかずに済んじまったよ、ははは!」


 酒場がドッと沸く中、テーブルの隅で誰よりも豪快にジョッキを煽っているドワーフの老兵、バルト爺さんがいた。


「ぷはぁー! やっぱり戦いの後の酒は格別じゃな!」

「……お、おい、バルト爺さん」


 デニスが、脂ぎった顔で笑うバルト爺さんを心底呆れたように睨みつける。


「爺さん、出撃の時は腰をいわしただの何だの喚いて、薬師のルルのところへ駆け込んでたよな。よくもまあ、数日でこれだけ呑めるまで治ったもんだ」


 デニスは自分の腰を荒っぽく叩き、恨み節をこぼした。


「爺さんの穴を埋めるために、俺がどれだけ走り回らされたと思ってんだよ」


 バルト爺さんは一瞬ピタリと動きを止め、わざとらしく「アイタタタ」と腰をさすってみせた。


「……バカもん。酒は百薬の長、痛みを散らす養生の一環じゃ。それに、完璧に留守番をこなしておったわい」


「留守番て、毎日ウチに入り浸ってツケを増やしてただけでしょ」


 エルザが空のジョッキを無造作にひったくりながら鼻で笑うと、小隊の面々から再びドッと笑いが起きた。


「まあ、いいじゃねえか。バルト爺さんが留守番していたおかげでデニスも良い経験ができただろ」

 猫獣人の女戦士のヘルガが肉を頬張りながらフォークとナイフを盾と剣のように振り回す。


「そういうことだ。仲間同士、助け合いだ。あと…ヘルガ…行儀が悪いぞ」


 ベリルはそう言って、自分の皿から一番大きな肉をヘルガの皿へと移すと、ヘルガは尻尾をピンとして目を輝かせる。


「デニス。今は不満だろうが、名誉で腹は膨れない。……こうして笑われていれば、前線に送られることもない。俺たちは、これでいいんだ」




 一方、王都から派遣されていた第三王女アイリス・アステリアは、執務室で広げられた戦域図を前に眉をひそめていた。


「……………。レオン・ボルドー隊長の戦い方は勇猛だけど、これほど隙なく周囲を掃討するには無理があるわ。本来なら本隊側へ魔獣が漏れ出してもおかしくない状況だったのに、それが一切無かった……」


 彼女の抱いた違和感は、報告書の隅へと追いやられたが、その瞳には静かな好奇心が宿っていた。

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