第三十七話 灰燼からの再起
激動の夜が明け、ガンダルの街には湿った朝の光が差し込んでいた。
ガレリア帝国軍を殲滅したとはいえ、街が受けた爪痕は深い。決壊させた貯水池の泥水は引きつつあるが、崩落した西の関所と土砂に埋もれた一部の街道は、街の命脈を断絶させたままだった。
しかし、瓦礫の山を撤去する人々の表情に、絶望の色はなかった。
ニコたちが炊き出しで調理しているシチューの香りが辺りを漂う。
「デニス…腹減ったな…」
「ガストンさん、手を止めてたらバルト爺さんにどやされますよ」
「おい、ガストン!何ボーッと突っ立っとる!しっかり働かんか!」
「わかってるよ!バルト爺さんは人使いが荒いぜ全く…」
街のいたるところで復興作業が始まっていた。そこには、泥にまみれながら巨大な岩を運ぶベリル率いる第五小隊と、ボリス率いる守備隊の姿があった。
かつて、互いを「不戦の外套」「役立たず」と罵り合っていた面影はどこにもない。今や彼らは、一つの目的のために背中を預け合う戦友だった。
「ベリル殿、この瓦礫の撤去が終われば、次は水路の確保に取りかかります。指示を仰げますか!」
ボリスの声に、かつての傲慢さは微塵もなかった。それどころか、その瞳にはベリルに対する心からの崇拝の念が宿っている。
ベリルの神がかり的な知略と、命を懸けて街を守り抜いた勇姿に、ボリスは完全に心服していた。
一方、作業の一角では、ヴァルターがガラムの指示のもとやヘルガたちと崩れた小屋の撤去作業を行なっていた。
「ヴァルターその木材をバルト爺さんの所へ持って行ってくれ。ヘルガはその岩をどかしてくれ」
「うむ、承知した」
「おう、オレにまかせろ!あっ、小隊長だ!おやつくれよ!」
ヴァルターが不遜な態度は崩さぬまま、それでも率先して泥まみれの木材を担いでいた。
「ヴァルター様、あまり無理をなされませんように」
通りがかったベリルが懐から紙に包んだビスケットをヘルガに渡し、冗談めかして声をかけると、ヴァルターは一度荷を下ろし、不敵な笑みを浮かべて汗を拭った。
「……ふん、案ずるな。ベリル小隊長、私はどうやら思い上がっていたようだ。貴殿から多くのことを学ばせてもらった。『不戦の外套』、その真髄を、な。……私も、その一員になれるだろうか」
ヴァルターの言葉に、ベリルはいつものひょうひょうとした笑みを浮かべて返した。
「一員、ですか……。もうなっているように見えますがね。しかし、お勧めはしませんよ。給料は安いですし、世間体も最悪だ」
かつて辺境伯の令息という立場ゆえにプライドが高く、周囲を見下していた青年はもういない。彼は今、ベリルという背中を追い、一人の男として、そして次代を担う者として、復興の汗を流していた。
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午後、静まり返った街道の向こうから、軍馬の蹄の音が響き渡った。
遅ればせながら、領都エストレアと近隣の領地から第四守備隊長ベルトルト・ハインが率いる大規模な援軍が到着したのだ。
嵐の中、放たれた伝書鳩が混乱で行き違いになり、ようやく事態を把握して駆けつけた部隊だった。
完全武装の歩兵隊が街に足を踏み入れたとき、彼らを迎えたのは凄惨な破壊の跡と、それとは対照的な、勝利の活気に満ちた住人たちの姿だった。
ベルトルト・ハインは馬を止め、呆然と周囲を見渡した。
「……馬鹿な。ガレリア帝国の侵攻部隊は、三千にも及ぶ精鋭だったはず。それを、このわずかな守備隊と第五小隊、あのベリル・ガストが……?」
街道を埋め尽くす土砂と、壊滅したであろう敵軍の残骸。そして、平然と復興に励む小隊の姿。信じられないという顔で立ち尽くす援軍をよそに、ベリルは静かに汗を拭い、再び復興の現場へと戻っていくのだった。




