第三十一話 計略の夜
外は依然として、叩きつけるような豪雨が続いていた。
窓に打ちつける雨音はもはや咆哮に近く、執務室の空気をいっそう重く沈ませている。
ベリルの前には、すでに事情を共有しているマルク、ミラ、ライアン、ヴァルターに加え、主要の隊員たちが集められていた。
「一体何があったんだろな」
「これから酒場へ行くところだったんだが…」
ベリルは、机上の地図を全員が見えるように指し示した。
「夜分にすまない。事態は一刻を争う。ミラとライアンが掴んだ情報によれば、麓の廃村にガレリア帝国軍およそ三千。さらに、宿屋の宿泊状況から、すでに街中へ二百は入り込んでいる。」
「な、三千だと……!?」
アルノーが絶句し、ガストンが地図を覗き込んで苦い顔をする。
「俺たちの小隊はわずか三十人。街の守備隊百人を合わせたところで、まともにぶつかれば一揉みで潰されるぞ」
「おそらく執政官カスパールは内通している。それ故、その守備隊も、隊長のボリスがどちら側か確証が持てない」
ベリルの言葉に、ガストンが低く吐き捨てるように言った。
「……つまり、俺たちが感づいてるのがバレた瞬間に、背後の二百人が一斉に暴れだして袋叩きにされるってわけか。ケッ、最悪な状況じゃねえか」
セドリックが重々しく口を開く。
「領都や近隣への応援要請は?」
「伝書鳩は飛ばした。だが、この嵐だ。届く保証もないし、どのみち三日後の晩餐会――奴らが侵攻を開始するであろう日には間に合わない」
絶望的な戦力差と孤立無援の状況に、すでに話を聞いていたヴァルターも、改めて突きつけられた数字に顔を青くし、震える手で机を掴んでいた。
「隊長、これは駄目だ、早く逃げようぜ」
「逃げるったってどこへ逃げるんだ、奴ら領都まで攻めてくるぞ」
「そんなだから『不戦の外套』だと馬鹿にされんだ。俺は戦うぞ」
「状況をわかって言ってんのか、お前…勝負にすらならんぞ」
その喧騒を切り裂くように、ベリルが冷徹な声を響かせた。
「正面から当たる必要はない。……山を落として、敵主力三千を丸ごと飲み込ませる」
「……山を落とす?」
ヨハンが問い返すと、ベリルはバルト爺さん、ミラ、ガラムを見た。
「この豪雨を利用する……貯水池の破壊と地すべりを連動させて『山津波』を引き起こすんだ。バルト爺さん、計画を…」
「ああ。関所上方には貯水池と斜面には滑りやすい粘土層がある」
地図にトントンと指を叩く。
「斜面にはミラの精霊魔法で地中深くまで水を含ませ、そこに俺とガラムが指揮して切土と盛土を施し、地盤を限界まで緩めてやる。」
地図に指した指を滑らしながら続ける。
「最後は貯水池の破壊と爆薬できっかけを作れば、山ごと下の街道へ押し流せるぜ。文字通り、山が動くぞ」
「ミラ、バルト、ガラム。工兵班を率いてすぐに取りかかれ。ライアンとセドリックは酒場などを回り、街に潜む二百を探れ。……マルクとヨハン、お前たちはガンダル守備隊長のボリスを尋問し、奴の立場を明らかにさせるんだ。ルルとニコは……」
最後にベリルは、鋭い眼光でアルノーを呼んで耳打した。
「アルノー。お前は街に流入している潜伏兵たちの指揮官を特定しろ。奴らが決起する直前、その首を刈れ。頭を潰せば二百の烏合の衆は動けん」
アルノーは感情を排した瞳でベリルを見つめ返し、低く、短く応えた。
「……任せておけ。仕事は完遂する」
ベリルは、隣で立ち尽くすヴァルターに向き直った。
「ヴァルター様、貴方には予定通り晩餐会へ出席していただきます。ガストンとヘルガの二人を従者としてお伴に付けましょう。我ら精鋭も会場の死角に潜ませておきます。宴が始まった時が、反撃の狼煙だ」
暗雲を切り裂くような雷鳴が轟き、ベリルの瞳を冷たく照らし出した。




