第三十話 晩餐への招待状
窓を叩く激しい雨音が、執務室の重苦しい沈黙を助長していた。
ベリルは、机を挟んで向かい合うマルクとヴァルターを静かに見据えた。
「夜分に呼び立てて申し訳ない。だが、可能性の段階とはいえ、看過できない事態だ」
ベリルの深刻な声音に、マルクが不安げに眉を寄せる。一方でヴァルターは、退屈そうに椅子の背にもたれかかった。
「何だ、改まって。明日の演習の相談ならマルクに任せてあるぞ」
「まだ可能性の段階だが、事実であれば大変なことが起こる……」
「………ガレリア帝国軍が侵攻してくるかもしれん。足がかりとして、このガンダル砦を攻略してくるつもりだ」
ベリルの低い声が、部屋の空気をピリつかせる。
「……執政官カスパールは、敵側に寝返っている。あいつはガレリア帝国と通じている」
「なっ……謀反ですと!?…そんな…まさか」
マルクが絶句して椅子から立ち上がりかけたが、それ以上に早くヴァルターが身を乗り出した。
「馬鹿馬鹿しい!! 国家の役人が軍事侵攻を手引きするなどあり得ん! 第一、ガンダル砦にそんな価値があるものか。ここは辺境中の辺境だぞ!」
「…………ああ、私もそう思っていた。…だが、あの庁舎のバルコニーで見渡した時に気づいたんだ」
ベリルは落ち着いた口調で、だが断定的に言葉を重ねる。
「この砦からは、辺境伯領のすべてを見渡すことができる。ここを落とされれば味方の動きは筒抜けになり、さらには領都への奇襲さえ可能になる。実は戦略上の急所なんだよ、ここは」
ヴァルターは言葉を失い、ベリルは淡々と続けた。
「ガレリア帝国からここまでは険しく、本来なら侵攻は難しい」
「だが、カスパールが手引きして兵を小出しに流入させ、物資も運び込んでいるとしたらどうだ? 」
「関所の土砂崩れも嘘だ。修復を口実にして、街道を軍用の大部隊が通れるよう整備している可能性がある。仕掛けてくるなら、今だ」
「……今だと?」
「『不戦の外套』と揶揄される私たちが駐在し、気が緩んでいる今だ。そして何より、辺境伯の嫡男である貴方がここにいる時だ。ヴァルター様………貴方を人質に取れば、辺境伯軍の動きに致命的な隙ができる。ガレリア帝国の狙いはそこだ」
ヴァルターの顔が怒りで赤らんだ。
「空想だ!!そんなのは貴様の卑屈な妄想に過ぎん! 証拠もなしに公職者を疑うなど――」
その時、扉が激しく叩かれた。
「入れ!」
ベリルの声と同時に、ずぶ濡れのミラとライアンが飛び込んできた。二人の顔は青ざめ、肩で荒い息をついている。
「小隊長……仰る通りでした。関所の先、旧道の廃村に敵が潜伏しています。旗章は隠していますが、装備から見てガレリア帝国軍に間違いありません。……数はおよそ三千。攻城兵器も見えました」
「三千…だと…ここを落とすだけの軍勢ではないな…」
マルクが息を飲む。
三千の軍勢。 一中隊規模のガンダル砦が太刀打ちできる数ではない。 マルクが絶句し、ヴァルターの血の気が一気に引いた。さっきまで不遜に組んでいた足が、がたがたと音を立てて震え始める。
ベリルは動じることなく、真っ白になったヴァルターの瞳を覗き込んだ。
「ヴァルター様、カスパールから面会の要請は来ていませんか?」
ヴァルターは喉を鳴らし、震える声で言った。
「……三日後だ。晩餐会に招待すると……。自室に届いた手紙に、そう書いてあった」
外の雨脚は、さらに激しさを増していた。




