第ニ十八話 練兵場の静寂
朝の冷気が残る砦の練兵場。そこには二つの集団が対峙していた。 片や、数々の実戦を潜り抜けてきたと豪語するガンダル守備隊百名。片や、『不戦の外套』と蔑まれる第五小隊三十名。
「突撃だ! 蹂躙しろ!」
ボリスの怒号とともに守備隊が雪崩れ込んだ。だが、功を焦るあまり横との連携は崩れ、一人ひとりがバラバラに突っ込んでいく「個」の奔流でしかなかった。
「……五小隊、防陣」
ベリルの静かな声が飛ぶ。 最前列では、ガストン、ヨハン、ガラムら盾兵たちが、岩壁のように一列に並んで盾を構えた。
「踏ん張れ!」
ガストンの太い声が響くと同時に、激しい衝突音が練兵場に轟く。守備隊の荒々しい体当たりを、彼らは一歩も引かずに受け止めた。
「今だ!押し返せ!」
ヨハンが隣の盾と角度を合わせ、ガラムが隙間から強烈な盾打ちを食らわせて敵の勢いを殺す。盾兵たちの鋼の結束により、守備隊は分厚い壁に叩きつけられたかのように停滞した。
「よし、揺さぶれ」
マルクの合図で、戦列の背後からミラとライアンが動いた。 彼は乱戦の喧騒に紛れ、音もなく守備隊の側面へと回り込む。
「甘いわね!脇ががら空きよ」
守備隊員が正面の盾兵に気を取られているその一瞬、二人は影のように死角を突き、木剣の柄で敵の膝裏や肘を正確に叩いた。
「なっ、どこから……!」
守備隊が混乱して視線を振った時には、すでに別の死角へと消えている。
「隙あり!!これでもくらえ!」
裏をかいて攪乱した生じた隙をヘルガやデニスたちが着実に突いていく。
第五小隊は、一つの巨大な生き物のように連動し、気づけば守備隊を逃げ場のない包囲網の中へと追い込んでいた。
三十対三十の模擬戦は、開始から刻も経たぬうちに、第五小隊の「完勝」という形で決着がついた。
「ふざけやがって……!」
練兵場に転がった部下たちを前に、ボリスがどす黒い顔で吠えた。
「こんな小細工、実戦じゃ何の役にも立たねえんだよ。そこのデカブツども! 盾の裏に隠れるのがそんなに得意か? そんな図体してビビって前に出られねえのか臆病者が!」
ボリスは唾を飛ばし、隊員たちを指差して嘲笑を続ける。
「犬っころ、テメェもだ。影でコソコソ這い回るなんて汚ねえ奴らだ。むしろドブネズミだな。『不戦の外套』よりも『敗残兵のボロ布』の方がお似合いだぜ。そんな臆病者の集まりに兵士面されると反吐が出る!」
罵声が響く中、ベリルが静かに一歩前に出た。
「ボリス殿。隊員への侮辱は、私への挑戦と受け取ってよろしいか」
「ああ、望むところだ! その澄ました面を叩き割ってやる!」
激しい剣戟が始まった。ボリスの力任せな一撃を、ベリルは危うげな足取りで、紙一重で受け流していく。周囲の目には、ボリスの猛攻をベリルが必死に凌ぐ、互角の勝負に見えた。
だが、鍔迫り合いになった瞬間。
「…………ッ!?」
ボリスの視界が真っ白になった。 ベリルの瞳に、凄まじい気迫と殺気が揺らめいたからだ。ボリスは心臓を掴まれたように硬直した。
「……あまりうちの隊員たちを侮らないでくれ」
ベリルの低い声が、ボリスの鼓膜にだけ叩き込まれる。一瞬で殺気が霧散した。ベリルは軽く剣を弾き、優雅に納刀した。
「ここまでにしよう。良い訓練でした、ボリス殿」
ボリスは滝のような汗を流し、剣を握ったまま棒立ちになった。 整然と列を戻す第五小隊。その背中に、守備隊の連中はもはや嘲笑を向けることすらできなかった。
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数日が過ぎ、ようやく街の生活に慣れ始めた頃。
「おい、のどが渇いたな。ライアン、街に出ようぜ」
セドリックがライアンの肩に腕を回す。
「お前の奢りでかぁ?いいぜ」
ライアンも肩に腕を回す。
「仕方ねぇなぁ。俺にまかせとけ。昨日臨時収入があったからよぉ!」
セドリックがご機嫌に、指でカードを繰る真似事をする。
「景気がいいな。聞いたか、おい、ガストン!デニス!お前らも行くぞ!セドリック様の奢りだぞ」
「おい!ちょっと待て!!!」
そんなこんなで、セドリックの誘いでガストン、デニス、ライアンの三人は陽気に夜の街へ繰り出した。
宿場町の酒場は、山脈を越える商人や荒くれ者たちの怒号と笑い声に満ちていた。蔑まれる日々の鬱屈を押し殺すように、彼らは久しぶりの酒を煽り、喧騒のなかに身を潜めた。
日付が変わる頃。泥酔したセドリックを支えるガストンとデニスの後ろを、ライアンがぼんやりと付いて歩いていた。
庁舎裏の路地に差し掛かった時、重い通用口が音もなく開き、数人の男たちが這い出してきた。
(……ん、何だ? こんな時間に)
ライアンは足を止め、影に身を潜めながらその光景を眺めた。中心には贅肉のついた体を揺らす男が立ち、数人の取り巻きと荷馬車から降ろされた黒い木箱を確認している。
(……?)
その時、一団の中にいた大柄な男が馬車に乗り込もうと足を上げた。翻った外套の裾から、一瞬だけ鮮やかな色が覗く。
それは、闇の中でも異様に目を引く、赤い裏地のついた軍用ブーツだった。
(派手な靴履いてんな……)
ライアンは特段気に留める風もなく、そのまま千鳥足の仲間たちの後を追って、暗い夜道へと消えていった。




