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不戦の外套〜臆病者と蔑まれた騎士の英雄譚〜  作者: nyancos


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第ニ十七話 城塞都市の光と影

 ガンダル砦は、周囲の峻険な峰々を睥睨(へいげい)するように、山の頂に鎮座している。


 隣接する西のガレリア帝国とは険しい山道に阻まれ往来はほぼない。南の港街からエストレアへと繋がる街道は商人達の抜け道となっている。

 その足元に広がる宿場町ガンダルは、堅牢な石壁に守られ、さながら一つの独立した小さな城塞都市のようであった。


 砦の交代手続きを終えた翌日、ベリルはヴァルターを連れ、街の執政官庁舎へと足を向けていた。


「これはこれは、ヴァルター様! よくぞ、このような風の冷たい地までお越しくださいました。私はガンダルの執政官、カスパールと申します」


 執政官カスパールは、丸々と肥えた体を揺らし、揉み手で一行を迎え入れた。その瞳は、ヴァルターが纏う上質な外套と辺境伯家の家紋へ向けられ、卑屈なまでの笑みを浮かべている。


 その傍らには、執事風の男と、ガンダル守備隊長ボリスの姿があった。


「ヴィンセント、ヴァルター様にお茶を。最高級の茶葉を出すのだぞ」


 カスパールに名を呼ばれたその男――

 髪は一筋の乱れもなく撫でつけられており、長身で引き締まった体にぴったりの仕立てのいい執事服には皺一つない。足元には磨き抜かれた赤い裏地の黒いブーツ。


 ヴィンセントは、無駄のない洗練された所作で短く会釈をして下がった。


 ベリルは、その男が側を通り過ぎる時、一瞬こちらを見た気がした。


「ささ、ヴァルター様こちらへ」


 カスパールは短い手足をしきりに動かしながら、部屋の奥にある重厚な黒檀のテーブルへとヴァルターを案内した。


「主君の御子息が直々に警備に当たられるとは、この街の民も枕を高くして眠れるというものですな。……お供の皆様方も、何やら『一風変わった』二つ名をお持ちだとか。ハハハ、これは失礼」


 カスパールはベリルを一瞥したが、すぐに興味を失ったように視線を逸らした。


 その態度は丁寧ではあったが、言葉の端々に、厄介な貴族の放蕩息子と、その「お守り役」である落ちこぼれ集団に対する、隠しきれない侮りが見え隠れしていた。


「ヴァルター様はどちらへお泊りで?」


「砦の宿舎だが……」


「いけません。ヴァルター様のような気品溢れる御方が……あの守備兵のクズどもがたむろする掃き溜めへお泊りになるなんて……ぜひ当家にて…」


「良い、今の私は第五小隊のいち隊員にすぎん」


「それでは…………ボリス! 指揮官室を今すぐ空けろ。」


 突然話を振られたボリスが、驚きに目を見開く。


「……カスパール様、あそこは私の……」


「黙れ! 早く砦に戻って準備せんか! 全く、気が利かない使えない奴だ」


 カスパールの怒声に、ボリスは屈辱に頬を震わせながらも「……失礼いたします」と短く絞り出し、背を向けた。去り際、彼はカスパールの背中を射抜くような鋭い視線で睨みつけた。


「いえいえ…ヴァルター様…そうおっしゃらずに…………」


 カスパールがヴァルターに世辞を並べている間、ベリルは独り、庁舎のバルコニーの欄干に手を置いていた。


「……ここは凄い眺めだな」


 独り言のように呟き、ベリルは目を細めた。高地にあるガンダルからは、北側眼下に広がる辺境伯領の全貌が驚くほど鮮明に見渡せた。


「辺境伯領が、まるで手のひらの上にあるみたいだ。領都から国境、王都の方まで、全部見えるな」


 街道をゆく馬車の列や、遠くの集落から上がる煙までが手に取るように分かる。一方で、視線を西側のガレリア側に転じれば、そこには人を拒むような険しい岩壁と深い谷が連なっている。


「あっち側は、かなり険しいな。これだけ険しければ、ガレリア帝国からの行き来は少ないだろう」


 ベリルは手元の欄干を軽く叩き、その景色の良さを純粋に楽しむように眺めていた。今はただ、この三ヶ月を穏やかに終えることだけを考えればいい。



---


 砦に戻り食堂に顔を出すと、そこにはすでに不穏な空気が渦巻いていた。街の警備を一手に引き受けるガンダル守備隊と、待機していた第五小隊の面々が、刺すような沈黙の中で睨み合っていたのだ。


「おう、戻ったか。――『不戦の外套』の隊長殿よ」


 酒瓶を片手に、守備隊長ボリスがベリルの前に立ちふさがった。彼は第五小隊が大切に保管していた例の「戦果」を顎でしゃくって、鼻で笑った。


「おいガスト。道中でワイバーンの死体を見つけるとは、よっぽど運がいい奴らだな。その尾、どこに落ちてたか教えてくれよ。残りは俺たちが拾いに行ってやる。逃げることしか知らねえ臆病者にゃ、刃の入れ方なんて分からねえだろうからな」


 守備隊の連中の下品な笑いが詰所に響く。

ボリスはベリルを射抜くような視線で睨みつけると、吐き捨てるように言った。


「ヘラヘラしやがって。……高潔なヴァルター様のお供を、お前のような臆病者が務められると思ってんのか。身の程を知れ、百年早いわ」


 ベリルはそれを風の音のように聞き流した。

「ははは、おっしゃる通りです。面目ない。

さぁ、小隊の皆、明日からの段取りを説明するから大広間へ集まるように」



「クソっ、どいつもこいつも馬鹿にしやがって…」



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