第二話 野営地にて
野営地に戻ると、雨はしめやかな霧雨へと変わっていた。 料理番でハーフリングのニコが温かいシチューと堅パンを振る舞っている。
「美味そうだ、ありがてぇ。ニコ、酒はないのか」
セドリックが手を擦り合わせながらやって来た。
「あってもあんたにゃ飲ませるなーって小隊長から言われてるもん。雨水で我慢しなー」
ニコが慣れた手つきでシチューをよそいながらあしらう。
「厳しいねぇ」
第五小隊の面々は、慣れた手つきで武具の手入れに取り掛かる。戦功を挙げて酒を酌み交わすような喧騒はない。聞こえるのは、布が金属を擦る音と、焚き火で爆ぜる薪の音だけだ。
「……あんな戦い方、騎士学校の教本のどこにも載ってなかった」
デニスは、焚き火の端で自分の槍を磨きながら、隣のセドリックに声をかけた。彼の頭の中では、まだあの整然とした作業が繰り返されている。
「さすがは騎士爵家のお坊ちゃんだ。教本? あんなものは、広い平原で数千、数万の兵を動かすための高貴な方々の書き物だ。俺たちみたいな泥にまみれる辺境の小隊が、そのまま真似してたら命がいくつあっても足りねぇよ」
「じゃあ、あの作戦は小隊長が?」
マルクが愛弓の弦を外し、丁寧に油を差しながら答えた。
「ああ。小隊長は、前からずっとそうだ。……あいつにとって、戦場は死ぬ場所じゃねぇ。『稼いで、必ず生きて帰る場所』なんだ。お前も名を上げたかったら精々生き急がねぇこった。」
デニスが視線を向けると、少し離れた場所で、ベリルが一人、自らの得物を手入れしていた。
それは、騎士たちが誇らしげに腰に下げる細身の輝く長剣とは、一線を画す異質な造形だった。
身幅こそ標準的だが、刀身はやや長めに打たれ薄黒く鈍い輝きを帯びている。装飾を一切排したその姿は極限まで簡素だが、驚くほど頑丈で重い。特に切っ先までしっかりと厚みが残されており、触れただけでもその自重で対象を圧し切るほどの威圧感を放っている。
それでいて、不思議と小回りの利く絶妙なバランスで仕上げられた、徹底した野戦向きの代物だった。
「小隊長、その剣……あまり騎士の持ち物には見えませんね」
デニスが思わず呟く。近くで見れば、その刃は丹念な研ぎ込みによって、吸い込まれるような、それでいて冷徹な輝きを帯びていた。
「……これは、父の形見でね。この剣に恥じぬ騎士になれと受け継いだんだ。」
ベリルは静かに、しかしどこか誇らしげに言った。油を含んだ布でゆっくりと、刃の輝きを確かめるように強く拭い上げる。
十五歳で家督を継ぎ、五人の弟妹を養うために軍に入った男。彼にとっての戦いとは、武勇を示すためのものではなく、家族に食事を届け、弟たちを独立させ、妹たちを嫁に出すための手段に過ぎない。この簡素で重く鋭い剣は、その実直さを体現していた。
ーーーバシャバシャバシャ
「おっ、な、何だ?」
「おい、あんた大丈夫か?」
そこへ、血まみれになった兵士が泥を跳ね上げながら倒れ込んできた。
「誰か!………早く水を持ってこい!」
「………はぁ…はぁ………ありがとう。私は前線の王国騎士団ボルドー隊の者です…………魔獣の伏兵に遭い、まだ半数が孤立している! 救援を願います!」
焚き火を囲んでいた兵たちが、一斉に腰を上げた。
王国騎士団ボルドー隊。功を焦り、どこで聞いたのかベリルのことを「臆病者の不戦の外套」と最も声高に嘲笑っていた若手騎士、レオン・ボルドーの率いる部隊だ。
「……救援か。やれやれ、あの中央から来た騎士殿はまた余計な仕事を増やしてくれる」
マルクが吐き捨てながら弓を背負う。ベリルは静かに立ち上がり、剣を鞘に収めた。ずっしりとした重い音が、湿った空気を震わせる。
「デニス。お前の槍、まだ油が残っているぞ。しっかり拭け。滑って落とせば、それは俺たち全員の死を意味する」
「は、はい!」
「……全隊員、準備。これより王国中央軍ボルドー隊の救援に向かう。死者は出すな。一人でも欠ければ、報奨金の取り分が減ると思え」
一段と雨脚が増す中、第五小隊の一団は速やかに闇の中へ消えていった。




