第十九話 変貌する森
「来るわよ!」
ミラの鋭い声が響くと同時に、斜面の上方に広がるガレ場から三頭のシルバーウルフが躍り出た。
地滑りで地形が変わったせいか、不安定な岩場を器用に蹴って急襲してくる。
「散れ! 足元を掬われるな!」
ベリルが咄嗟に散開の指示を飛ばす。しかし、ヴァルターはその指示を無視し、
「……かかってこい、獣風情が!」
と真っ向から一頭を迎え撃とうと踏み込んだ。
だがその瞬間、脆い足元の石が崩れ、彼の重心は大きく崩れる。
「くっ……!」
渾身の突きは空を切り、無防備になったヴァルターの喉笛へ魔獣が牙を剥く。
その直後、重厚な金属音が響き渡った。ガストンが割り込み、巨大な盾で魔獣を力任せに跳ね除けたのだ。ガストンはそのままヴァルターの襟首を掴むと、
「邪魔だ、後ろにいろ!」
と、彼を後方へ無造作に投げ飛ばした。
同時にセドリックが前へ躍り出た。彼は足元の石を素早く拾い上げると、正確な投擲で三頭の鼻先に次々と叩きつける。
「ほーら、こっちだ鈍間ども! 俺様が相手をしてやるよ!」
石を当てられた魔獣たちの怒りが一斉にセドリックへと向く。
彼は必死の形相で、崩れやすい足場を軽快に、かつ危ういステップで駆け抜け、魔獣たちを翻弄。そのままガストンたちが盾を構えて待ち受ける場所へと、全力で誘い込んだ。
「放て!」
マルクの合図とともに弓兵たちの斉射が始まり、盾の壁に阻まれた魔獣たちは反撃の隙もなく矢の雨に沈んだ。
「……助けなど不要だった。足場さえまともならば」
投げ飛ばされた屈辱に顔を歪めながら、ヴァルターは忌々しそうに甲冑の土を払い、剣を収めた。
小隊が進む北の密林は、数年前の記録とは明らかに様相を変えていた。大規模な地滑りによって道は途切れ、剥き出しの赤土が壁のように立ちはだかっている。
「ひでぇな、こりゃ。道が跡形もねぇぞ」
ライアンが毒突くと、ミラも険しい表情で付け加えた。
「マルク、先にあるはずの沢が完全に枯れてるわ。水の音がしない。水源が変わったんだと思う」
報告を聞き、マルクはデニスを呼び寄せた。
「デニス、ここだ。この地滑りの範囲を書き込め。ただバツをつけるんじゃなく、斜面の様子と、ガレ場の正確な範囲を描き写せ。逃げる時にここが通れると思い込んだら、その瞬間に全員死ぬぞ」
デニスが必死にペンを動かすのを、ヴァルターは冷ややかな視線で見つめていた。
「……マルク。こんな地形をいちいち書き直して何になるんだ。時間の無駄だろう。教本通りさっさと迂回すべきだ。兵卒のような泥臭い真似で、行軍を遅らせるのは感心しないな」
ベリルが小さく息を吐き、ヴァルターに目を向けた。
「ヴァルター様、ここは教本が通用するほど甘い場所じゃありません。道が消えて水場が枯れれば、獣たちの縄張りも変わる。 無駄に思えるかもしれないが、こういった地道な調査が、あとあと俺たちの役に立つんだよ」
ヴァルターは不愉快そうに鼻を鳴らしたが、それ以上は口を閉ざした。
日が落ちる頃、一行は森の出口に位置する石積みの防壁、カナン集落へと辿り着いた。防壁には以前は見かけなかった新しい補修の跡がいくつかあったが、小隊はそのまま門を潜り、村の中へと足を進めた。




