第十七話 銀の甲冑と、背負い籠
出発の朝。領都の集合場所に現れたヴァルターは、まさに「物語から抜け出してきた騎士」そのものだった。
朝日を浴びて眩く輝く白銀の全身甲冑。背には一族の紋章が刺繍された真新しい外套が翻り、腰には業物の剣。その立ち姿は、これから華々しい遠征に向かう英雄のようであった。
しかし、待ち構えていた第五小隊の面々を目にした瞬間、ヴァルターの表情は凍りついた。
「……それは、何なのですか?」
ヴァルターが指差したのは、ベリルたちが背負っている巨大な「背負い籠」だった。
中には保存食や薬湯の瓶、そして今回交代する南の山岳部の街にあるガンダル砦に届けるための補給物資が、山のように詰め込まれている。
「あ、これですか? ガンダル砦への補給物資ですよ。今回はうちが担当でね。あ、馬は置いていってください。ここからは徒歩です」
ベリルは自身も巨大なリュックを背負いながら、申し訳なさそうに笑った。
「徒歩……? ガンダル砦までは馬車でも数日はかかる距離のはずだ。なぜ馬を使わない? 騎士が冒険者のような真似をするなど……」
「坊ちゃん、これだから『学校上がり』は困るんだ」
野太い声と共に前に出たのは、虎の獣人ガストンだった。その巨躯と縞模様の毛並みは、ただ立っているだけで圧倒的な威圧感を放つ。彼はヴァルターの倍はあろうかという荷を軽々と背負い、鋭い牙を覗かせて鼻を鳴らした。
「これから物見遊山に行くんじゃねぇんだ。俺たちの仕事は、森や山岳地帯を抜けてガンダルへ進む道中、潜んでいる魔獣を間引くことさ。馬じゃあこの先の崖も藪も越えられねえぞ。それに街道を行軍するより森を抜けた方が早ぇぞ。」
ハーフドワーフのガラムがヴァルターを一瞥すると、丸太のような腕で鉄製の資材を籠に放り込んでいた。
さらに、副官であるマルクが、手慣れた様子で隊全体の荷のバランスを確認しながら、鋭い視線をヴァルターに向けた。
「……おい、そこの。その無駄に重い板金は置いていけ。ここは学校の演習場じゃないんだ。山を舐めて死ぬのはあんたの勝手だが、俺たちの足を引っ張るのだけは勘弁してくれ」
マルクの突き放すような忠告に続き、新兵であるデニスも、自らの巨大な荷を担ぎ直し、首筋の汗を拭いながらヴァルターを横目で見た。
「……おい、あんた。俺もついこないだまでは同じことを思ってたがな……ここではその理屈は通用しねぇよ。悪いこたぁ言わねぇ、今のうちにマルクさんの言う通りにしとけ。意地張って死ぬのは、一番安っぽい死に方だぞ」
同じ正規教育を受けたはずのデニスからの、粗野で突き放すような言葉。ヴァルターは屈辱に頬を染めた。
「……断る。騎士が戦場で甲冑を脱ぐなど、あり得ない」
「ふーん、じゃあ勝手に死ねば」
小柄な弓使い兼薬師のルルが、薬草の束を弄びながら冷たく言い放った。
「森に入ったら関節の音が響いて、魔獣に『ここにエサがいますよー』って教えるようなもんだし。毒虫でも喰らった時に、その鉄屑を脱がせる私の身にもなってほしいよね」
「……あー、それじゃあ、出発するぞ。……いいか、無理はするな。いつも通り、怪我をしない程度に……慎重に歩こう」
ベリルは短く息を吐き、小隊の全員に響く穏やかな声で告げた。
その号令と共に行軍が始まった。斥候のミラとライアンが音もなく森の先へと消え、残りの面々は整備された街道を早々に外れ、膝まである深い草むらへと足を踏み入れていく。
数時間後。ヴァルターの額からは滝のような汗が流れ、自慢の甲冑は泥と草の汁で無残に汚れ始めていた。一方で、巨大な荷を背負っているはずの隊員たちは、驚くほど足音が静かで、息一つ乱していない。
「……くっ、なぜ……これほどの重荷を背負って、その速度を維持できる……!」
ヴァルターの背後で、ベリルが何でもないことのように呟いた。
「コツがあるんですよ。力で運ぶんじゃなくて、荷物と自分の重心を一体化させるんです。……あっ、ヴァルター様、足元。そこ地盤が緩いですよ」
「……助言は不要だ!」
ヴァルターが声を荒らげた瞬間。森の奥から、鋭い指笛が響いた。ミラの合図だ。 隊員たちの空気が、一瞬で変わる。
ベリルは静かに重心を落とし、三十人の小隊全体に響く、低く鋭い声で矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「――来るぞ。歩兵班、ヨハンを中心に前へ! ガストン、ガラム、左右を締めろ、一歩も引くな。マルク、ルル、射撃班を散開させろ。デニスとセドリック、ヘルガたちは遊撃、弓の横を固めて漏れたのを拾え。残りは荷を守りつつ円陣だ」
三十人の兵たちが、ベリルの言葉に一分の無駄もなく連動する。歩兵の盾が重なり合い、弓が次々と番えられていく。
その整然とした、しかし殺気に満ちた作業の渦の中で、ベリルはヴァルターを背にかばうように立ち、静かに告げた。
「……ヴァルター様、後ろへ。今のあなたはその装備では動けません。そこで……後ろから見ていてください」
ベリルの言葉が終わるより早く、茂みを切り裂いて、巨大な牙を持つ「森の捕食者」が姿を現した。




