第十三話 疑念の凱旋
領都の南門を守る兵士たちが、街道の先に見えた影に目を細めた。
辺境伯の命を受け、悪名高い野盗集団「黒い牙」の討伐に向かった第五小隊の帰還だった。
本来なら、返り血を浴びた兵士たちが疲弊した体を引きずり、数人の首級を掲げて帰ってくるはずの光景。しかし、近づいてくる一行は、その予想を根底から裏切っていた。
先頭を歩くベリルを筆頭に、第五小隊の面々の鎧は陽光を反射して眩いほどに輝いている。泥ひとつ、返り血の一滴すらついていない。だが、その背後に続く光景に、門番たちは言葉を失った。
首枷と縄で数珠繋ぎにされた、数十人もの男たち。かつて周辺の村々を震撼させた野盗たちが、今はただ、魂を抜かれた抜け殻のように足元をふらつかせ、引きずられるように歩いている。
「おい……あれを見ろ。捕虜か? それも、あの数……」
第五小隊が街の目抜き通りに差し掛かると、野次馬たちが次々と集まってきた。
「なんだい、あのみすぼらしい連中は。野盗ってのはもっと、こう……恐ろしいもんじゃないのか?」
「おい見ろよ、あれが『不戦の外套』だぜ。また一太刀も交わしてないみたいに綺麗じゃないか」
「よっぽど野盗が弱かったのか、それとも間抜けだったのか。眠りこけてる時にでも縄をかけたんじゃないか」
人々の無責任な囁きが耳に届く。
ガストンは自慢げに胸を張り、ミラの冷ややかな視線もどこ吹く風といった様子で、わざとらしく獲物の数を確認する仕草を見せた。
一方で、事情を知る古参の衛兵たちは、野盗たちの異常な虚脱ぶりに、言葉にできない恐怖を感じて沈黙していた。
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城館の執務室で報告を待っていた辺境伯は、窓の外の喧騒を聞きつけ、既に事のあらましを察していた。やがて部屋に現れたベリルが短く一礼し、淡々と報告を口にする。
「野盗三十四名、全員捕縛いたしました。現在、駐屯地の地下牢へ収容中です」
辺境伯は手に持っていたペンを置き、信じられないという表情でベリルを見据えた。
「……討伐を指示したはずだが、まさか全員捕縛して帰ってくるとはな。ベリル、貴公……どうやったのかは知らんが、これは驚いた」
戦場において、敵を殺すよりも生け捕りにする方がはるかに難易度が高い。抵抗する意志を挫き、味方に被害を出さず、なおかつこれほどの大人数を連行するには、通常の戦闘ではありえない手際が求められるからだ。
辺境伯は喉元まで出かかった興奮を無理やり押し殺し、低く、噛みしめるような声を出した。
「見事だ。生け捕りにしてくれたおかげで、使い道はいくらでもある。頭目は見せしめに公開処刑にする。あとは鉱山へ送るもよし、あるいは犯罪奴隷として売り払うのも良かろう……」
辺境伯は椅子から立ち上がり、わざと平静を装ってベリルの肩に手を置いた。
「ふん……まあ、やればできるではないか。これほどの難題を無傷で完遂したのだ、貴公の家名は守られた。これからも精進せよ」
その厳格な声の端々には、期待に応えた息子のような部下に対する、隠しきれない誇らしさが滲んでいた。
「よろしい。下がって休め。報奨金の他、葡萄酒を一樽と食事を詰所に送っておいた。部下たちと存分に喉を潤すといい」
「は。有り難く頂戴いたします」
一礼して退出するベリルの背中を見送りながら、辺境伯は上機嫌で書類の山に向き直った。廊下からは、早くも酒の気配を察して鼻を鳴らすガストンの声が響いていた。




