9.放課後の学院探検
放課後。
最後の授業が終わり、フレア先生が教室から出て行った、その直後。
「……終わったぁぁぁぁ!」
マシュルが机に突っ伏した。
どすん、と大きな音が鳴る。
「つ、疲れた……」
今度はシルフィンが椅子の背にもたれかかる。
「まだ初日なのにね」
私も苦笑した。
午前中は実技で、午後は魔法理論や学院の規則についての座学。
入学初日だから楽なものだと思っていたのだが、案外そうでもなかった。
「初日から実技なんて思わなかったよ……」
シルフィンがぐったりした声で言う。
「僕は座学の方が疲れたかな」
ライドが静かに答えた。
「えっ、そうなの?普通逆じゃない?」
「いや、僕はずっと座って話を聞いている方が疲れるんだよね」
この点は人それぞれらしい。
と、さっきまで死にそうな顔をしていたシルフィンが急に顔を上げた。
「そうだ!」
「ん?」
「せっかくだし、この後みんなで学院を見て回らない?」
その一言で、彼女は一気に元気になった。
「なに?学院探検?」
「そう!」
シルフィンは勢いよく立ち上がる。
「まだ行ってない場所、いっぱいあるでしょ?」
「それはまあ……確かにね」
私も少し興味があった。
昨日は入学式で、今日は教室での座学と学院の裏の訓練場に行っただけで終わってしまったため、学院の中をゆっくり見る暇はなかった。
「おれも行く!」
マシュルが即答する。
「僕も構わないよ」
ライドも頷いた。
そうして、私たちは四人で学院を見て回ることになった。
最初に向かったのは図書館、学院本館の奥にある大きな建物。
扉を開いた瞬間、私は思わず息を呑んだ。
「うわぁ……」
高い天井と、壁一面を埋め尽くす本棚。
本棚は二階部分にまで続いており、見上げるほどの高さがあった。
「すご……」
これだけでも十分圧倒される。
だが、一番驚いていたのはライドだった。
「これは……」
彼はぴたりと足を止め、立ち止まっていた。
「どうしたの?」
「いや……想像以上だった」
ライドは本棚を見上げる。
その目は、明らかに輝いている。
「ここにある本、全部読めるかな……」
「え?全部読む気なの?」
私が聞くと、「できるなら」と真顔で返してきた。
「全部!?本気!?」
思わず声が裏返る。
「もちろん。最高じゃないか」
その表情と声からすると、本気らしい。
マシュルはそんな彼を見て、首を傾げた。
「本しかないじゃん」
「それがいいんだよ」
「そうか?うーん……おれにはわかんねえや」
この二人、価値観の違いがすごい。
シルフィンと私は思わず顔を見合わせて笑った。
次に向かったのは訓練場。
午前中に授業で使った場所とは別の、大規模な実戦訓練場だ。
そこでは、放課後であるにも関わらず上級生たちが魔法の練習をしていた。
轟音と共に巨大な火球が飛び、地面から土の壁がせり上がる。
氷柱が突き出し、風の刃が空気を裂く。
それを見て、私は母の放つ火球を思い浮かべた。
あれほどの魔法を使えるようになるまで、一体どれほどの時間がかかるのだろう。でも――いつか私も、母のような魔法使いになりたい。
「おおー!すげえ!」
マシュルが歓声を上げた。
私も同じ気持ちだった。午前中に使ったソロファイアなんて、ここでは子供のお遊びに見える。
圧倒的な迫力と威力だ。
目が離せなかった。
(すごい……私も、いつかあんな魔法を使えるようになるかな)
そう思うだけで、胸が高鳴る。
続いて、食堂へ向かう。
すると今度はマシュルが固まった。
「でかっ!」
学院の食堂は想像以上に広かった。
長机が何十列も並び、一度に何百人もの生徒が食事できそうだ。
「確かここ、事前に申請すれば毎日ご飯食べられるんだったよな……?」
「そう聞いたけど……嬉しいの?」
シルフィンが呆れた顔をする。
「そりゃあ、な!食事は大事だ!」
マシュルは真剣だった。
「それはそうだけど……」
彼は食べることが好きなのだろうか。
その後、医務室も見学した。
中は白を基調とした落ち着いた部屋で、薬品棚やベッドが並んでいる。
「すごいしっかりしてる……けどこんなところ、なるべくお世話にならないのが一番だね」
シルフィンが言う。
「それはそうなんだけど、何回か来ることになるような気がする」
「まあ、否定はできないだろうね」
マシュルとライドの言葉には、全員が頷いた。
最後に訪れたのは中庭だった。
学院の中央、というか建物に囲まれた中にある吹き抜けのような広場で、大きな噴水が設置されている。
春だからだろうか、色とりどりの花が咲き、木陰にはベンチも並んでいた。
「綺麗……」
思わず呟く。
西側にある廊下の窓から、まだ沈みきらない夕陽の光が差し込み、噴水を照らしてきらきらと輝かせている。
なんだか、心が落ち着く場所だった。
私たちはベンチに腰掛け、しばらく雑談をした。
どれもこれも、他愛もない話ばかりだった。
好きな食べ物。得意な魔法。家族のこと。将来の夢。
それでも、不思議と楽しかった。
(不思議だな……)
ふと、そんなことを思う。
昨日出会ったばかりなのに、一緒にいるのが当たり前みたいに感じる。
前世では、こんな放課後を過ごしたことなんてなかった。昼休みも放課後もずっと一人で、誰かと笑い合うこともなかった。
だからこそ、この時間が少しだけ眩しく感じた。
もしかしたら、今世は違うのかもしれない。
改めてそんなことを思いながら、私は夕焼けに染まる空を見上げた。
やがてそろそろ帰ろうということになり、私たちは学院の門へ向かう。
「じゃあ、また明日!」
「うん、またね!」
「おう!」
「また明日」
三人と別れ、私は移動用魔法陣のある場所へ向かった。
その途中、どこからともなく女子生徒の笑い声が聞こえてきた。
その瞬間、胸の奥が妙にざわついた。
「……え?」
私は思わず立ち止まる。
人混みの中を、一人の少女が通り過ぎた。
顔はよく見えなかった。それなのに……なぜだろう。まるで遠い昔に知っていた誰かを見たような、嫌な感覚だけが残った。
だが、その少女はすぐに人混みへ消えてしまい、追うことはできなかった。
「気のせい……かな」
そう呟き、私は歩き出した。




