75.夏休みの宿題
夏休みが始まってから数日後のこと。
私はユエと一緒にリーネの家に来て、みんなで宿題をやっていた。
ノエルがいないのは、別に仲間外れにしているわけではなく、両親の実家に帰省しており留守にしているからだ。
ちなみにユエとリーネは氷の魔法使いということで、「造形魔法」という魔法で氷の家具を作ったり、部屋全体を涼しくしたりできる。
事実上クーラーを作り出せるのに近く、二人のどちらかがいれば暑さに悩まなくて済む。
夏休みが始まってから、私は毎日二人と共に宿題をやっている。
場所はコロコロ変えており、昨日は私の家で、おとといはユエの家でやった。
前世ではまったくなかった経験なのもあり、「宿題をやる」という本来ならだるいだけの作業のはずが、妙に楽しく感じられた。
「ね、ここどっちかわかる?」
私とユエは、リーネの開いているページを覗き込む。
問題は「以下の四つのうち、化粧薬の材料の一つに含まれるものはどれか」というもので、選択肢には「カラスのくちばし」「四つ葉のクローバー」「ニガヨモギの根」「ネズミの心臓」とある。
どうやら魔法薬についての問題のようだが、私からすれば答えは簡単だ。
「答えは、ニガヨモギの根だね」
「そうなの?ありがと」
喜んで答えを書き込むユエを見て、リーネはため息をついた。
「これ、ついこの前授業でやったとこだよね?もう忘れたの?」
「いや、忘れてはないわよ」
「なら、そもそも頭に入ってなかったってこと?」
「そういうわけでもない!」
「じゃあ、どういうことなの?」
リーネはそれに答えられず、私は思わず笑った。
彼女よりユエの方が成績優秀だが、そのことがよくわかるやり取りだと思う。
「しかしさ、こうしてみんなで集まって宿題やるのって……なんか変な感じ」
「ふーん?それって、私たちが嫌だってこと?」
「違う違う!なんというか……前世のことがあるから、あんたたちと仲良く宿題やるのが慣れないのよ」
まあ、それはわからないでもない。
とはいえ、私たちはもう一年以上の付き合いになるし、わだかまりなどはもうなくなっているに等しい。
「私だって同じ気持ちだよ。三春はまだわかるけど……お前と宿題やるなんてさ」
ユエは別冊の解答集を開いた。
どうやら、早くも答え合わせの段階に入ったようだ。
「でも、別に嫌ではないよ。わからないところを教え合ってやったほうが、効率いいしね」
「それはそうね。ところで、化粧薬ってそもそもどういうやつだっけ?」
「はあ……お前、やっぱり何にもわかってないじゃん」
呆れつつも、ユエは化粧薬について話しだした。
「化粧薬ってのは、変身薬の一種。これを飲んで誰かの顔を想像すると、その人と同じ顔になることができる。変身時間は飲んだ量に比例するけど、最大で薬瓶二本分、二時間まで。授業で実際に作ったでしょ?」
「そうだっけ?あたし、あの時成り行きでやってただけだから、あんまり覚えてなくて」
「あんまり、じゃなくてほとんどでしょ」
私が言うと、リーネは怒った。
「材料は、赤うずらの生卵と森ネズミの尻尾、オオカミの体毛。それにニガヨモギの根とドクダミの葉っぱ。それらを全て鍋に入れて、紫色になるまで煎じる。それだけだよ」
その瞬間、リーネは全てを思い出したようにはっとした。
「ああ、そうだそうだ!アリアの顔を思い浮かべたんだけど、薬を飲めなくて変身できなかったんだ!」
確かにあの時、リーネは薬を飲めずにむせ返り、変身に失敗していた。
私はしっかり薬を飲み、想像していた人物……母と同じ顔に変身できた。
ユエもまた、自分の母親らしい女性と同じ顔に変身していた。
とはいえ、リーネが薬をそもそも飲めなかったのはわかる。
あの薬はすこぶる苦く、かくいう私も飲んだ直後にむせたし、中には吐いている生徒もいた。
「まあ、気持ちはわかるよ?でもあの苦みの正体が、ニガヨモギの根。他の魔法薬にもたびたび使われる材料だったりする」
「え、そうなの?確かに言われてみれば、今までにも聞いたことある名前だけど……苦いのは嫌だなあ」
「発酵するともっと苦くなるよ。ただ、どちらにせよ毒性があって、ちゃんと加熱しなきゃいけないから、そのままでは口に入れられないけどね」
「そもそもあんなの、口に入れようと思わないから!あの時あたし、危うく吐きそうになったんだからね!」
そんな会話をしながら、夏休みの宿題を少しずつ消化していく。
そしてそれが終わった後は、リーネの父親が用意してくれた冷たいお茶を飲み、外で遊ぶ。
あまりにも平凡な、学生の夏休みの光景。
だが、平凡なものではあっても、当たり前のものではない。
この光景が、これからも消えることなく続いてくれればいいな……そう思ってしまう。
ユエもリーネも、私とはそれなりの因縁や経緯があった上で親しくなった人物だから、簡単にそうはならないと思うが。




