72.白い花の影
七月に入り、もうすぐで夏休みが来るという時期になったある日。
私は、学院の裏の森に来ていた。
……裏の森?
「はっ……!」
どうして、こんなところに来たんだろう。
何も考えず、何となく歩いていたら、いつの間にかここにいた。
というか、そもそも何のために外を歩いていたのか、これまでどういうルートを歩いてきたのかも覚えていない。
まるで、記憶が一部抜け落ちたかのように。
空を見ると、もう日没だ。
急いで家に帰らなければ、と思ったが、それ以上に何かかき立てられるものがあった。
まだ帰るわけにはいかない。この先に行かなければ……と、何かが私を突き動かした。
森の中を進んでいくと、やがて白くて丸い花がたくさん咲いた場所に出た。
きれいだな、と思う反面違和感も感じた。
この森に、こんな花が咲いていただろうか?
そんな中、一際目を引く花が奥のほうにあった。
つぼみなのかまだ開いていないが、他の花よりもずっと大きい。
しかも、よく見ると花びらが動いている。
もしかして……と思って見ていると、ゆっくりと開き始めた。
その中にあったのは、まるで睡蓮の花のような、美しいピンク色の花。
花の中に花が咲くのか?と思ったが、この世界ではそういう花はちらほらある。
といっても大抵は花びらではなく、つぼみを守るためのがくが開いただけのものなのだが。
とすると、これもその類いの花なのだろうか?
しかし、こんな花は見たことがない……別に花に詳しいわけでもないが。
それより、その白い花を見ていると……無性に触ってみたくなった。
あまりにもきれいで、何なら本当に淡く光っていて……視覚に強烈に訴えかけてきた。
一歩、また一歩と前に踏み込み、がくを乗り越えて花びらに手を触れようとしたら……
突然何かが体に巻きついてきて、そのまま高く持ち上げられた。
一体何事かと巻きついたものを見ると、茶色の紐のようなもので、触るとツルツルしていた。
その先をたどっていくと、ついさっき咲いていた白い花のあったあたりの地面から伸びてきているとわかった。
では、その先端は?というと……真ん中から上下に裂け、まるで口のようになった白い花が、私を飲み込もうとしていた。
「……!!」
魔法を使おうにも、両腕を体に縛り付けるように巻き付かれているため手を動かせない。
このままではまずい……そう思った時、
「アリア!!」
聞き慣れた声の方を振り向くと、母が立っていた。
「ゼルディクト!」
母の切断魔法でツルが切られ、私は解放された。
しかし、周囲を見るとその辺に咲いていた白い花も同様に長く伸びていて、こちらに向かってきていた。
慌てて杖を出そうとしたが、焦っていたせいで落としてしまった。
そんな中、母は杖を出すことなく手を振るい、魔法を唱えた。
「プレアデス・カーテル」
虚空から真っ赤な炎が現れ、私たちを中心に渦巻く。
その炎は、こちらを狙ってきていた花たちをまとめて焼き払ってもなお、音を立てて渦巻いた。
その間に私は杖を拾い上げ、母に駆け寄る。
ここにいれば大丈夫だ。母といれば、何も怖いことはない……そう思いながら、母の体に抱きついた。




