61.『永遠の闇』
始業式から三日後の昼休み、私は先生の部屋に呼び出された。
この学校では各先生ごとに個室が用意されている、メジェラ先生が使っている部屋はついこの前まで、いなくなった別の先生が使っていたらしい……詳しくは知らないが。
「アリア、休み時間に呼び出してすまないな」
「いえ、いいんです」
この先生は闇魔法の専門であり、授業も闇の天賦を持つ生徒を受け持っているため、私の授業を担当したことはない。
今のところ、朝と帰りのホームルームくらいしか私たちと関わる機会はないが、それでも厳しい雰囲気だけは十分に感じ取れる。
「最初に言っておくが、別に身構える必要はない。これから話すことは、学びとは無関係だからな」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。学業とは縁もゆかりも無い、私と君の……話だ」
先生は、私に座椅子に座るよう促してきた。
そして、私の顔をじっと見てきた。
「改めて見ると……似ているな。セリエナに」
セリエナの名前を聞いて、驚いた。
「母をご存知なのですか?」
「知らぬはずがない。セリエナと私は、かつて共にこの学院を巣立った同級生なのだから」
なんとこの先生、母の同級生だったのか。
それにしては、やや若々しく見えるが。
「そうだったんですね……不思議な偶然です」
「この世に偶然などない。すべてのことは、起こるべくして起こる。君がこの学院に来たことも、私が君の担任となったのも……同様だ」
先生は、机の上から振り子時計を取った。
一見何の変哲もない、古びた時計だ。
でも、その時計には……どこか見覚えがあった。
「あれ、その時計……」
「ゼスメリアの卒業記念の時計だ。かつてゼスメリアでは、卒業生が最後に振り子時計を作るのがしきたりだった。今はもう廃れた文化だが」
そう言われれば、確かに母もこんな時計を持っていた。
でも、あちらのほうが手入れが行き届いていた。
こちらはより汚れが目立つし、何なら文字盤の「6」の数字が消えかかっている。
「『6』の数字が消えているのが気になるか?アリア」
いきなりそう言われて、私は思わず先生の方を見た。
「『6』は、闇魔法において重要な数字だ。そしてこの文字盤には、魔力が宿っている。故に……」
「魔法を使う時に、その力を借りることもある……んですよね」
「そうだ。だが、実際に見たことはあるまい。闇と光の魔法でしか使う場面がない技術だからな」
確かに、聞いたことはあっても実際に見たことはない。
そもそも、魔法を使う時に数字を使うなんて想像もつかない。
「もっとも、昔は他の魔法でも数字の力を借りることはあった。君の母も、かつてはそうだった」
先生は時計を眺め、何かを懐かしむような顔をした。
「あの、一ついいですか?」
「何だ?」
「先生は、母の同級生……なのですか?母は、すでに二百歳を超えているのですが……」
現実的に考えれば、あり得ない話だ。
母は随分前に人の身を失い、特別な存在になった魔女だから長生きできるが、普通の人はそうはいかない。
「確かに、君の母は特別だ。もはや人の身ではなく、何もせずとも数百年生きられる。私はそうはいかない……魔法なしではな」
「えっ?ということは、もしかして……」
「闇魔法の一つに、『久遠の闇』というものがある……命を延ばす、延命の魔法の一つだ。ただし、寿命を直接延ばすものではない。かといって、不死身になる魔法でもない」
延命の魔法と呼ばれるものはいくつかあるが、そのほとんどは今先生が言ったもののどちらかに属する。
それだけに、そのどちらでもない魔法となるとピンと来ない。
「これはいわば、『転生の魔法』。生まれて年老い、寿命を迎え死んでゆく。しかしその後、転生する……魂が戻ってくるのだ。体を変えて、同一の人物として」
なるほど、意味はわかった。
つまりこの先生は、一度死んでいる。
死んだ後、また同じ魔法使いとして転生しているのだ。
もしかして、私が転生していることも知っている?と思ったが、そこまでは言及されなかった。
「母と、交流はあるんですか?」
「かつてはな。今はほとんどない……ちょうど、君が生まれた頃まではそれなりにあったがな」
先生は、私が生まれたことを母から聞く程度には交流があったらしい。
ただし、その仲が良かったのかは……どうも微妙なようだ。
「私は、君のことはまだあまり知らない。だが、これは今でもわかる……セリエナと同じものを感じる。かつてしのぎを削り合った、偉大な魔女とな……」
杖を私に向け、先生は小声で何かを詠唱したが、それが魔法であるようには思えなかった。




