6.最初の友達
静まり返った講堂の壇上に立つ学院長――オルフェウス・レインハートは、ゆっくりと会場を見渡す。
「諸君らは本日より、ゼスメリア魔法学院の生徒となるわけだが……その前に言っておかねばならないことがある」
老人の落ち着いた声が、不思議なほどよく響く。
「魔法とは、1つの力だ。人を助けることもできるが、傷つけることもできる」
その言葉に、昨日の母の言葉が重なった。
――使い方を間違えれば、誰かを傷つけることもできてしまう。
新しく教わった攻撃魔法、『ソロファイア』。
私はまだ小さな火球しか出せないが、それでも人に向ければ十分に危険だろう。
「だからこそ諸君らには、この学院で力を正しく扱う術を学んでもらう」
学院長はそう言って微笑んだ。
「みな知っているとは思うが、この学校は五年制……つまり、諸君らは今後五年間、ここで魔法を学ぶことになる。五年後、ここにいるみなが立派な魔法使いとして巣立ってくれることを、心から期待している」
会場から拍手が起こり、私も慌てて拍手した。
正直なところ、挨拶の内容は半分くらいしか頭に入っていない。
なにしろ――
(魔法学校の学院長だ……!)
そんなことで、内心興奮していたからだ。
前世で読んでいた小説や漫画に出てくるような存在が、本当に目の前にいるのだ。興奮しない方がおかしい。
その後、学院長の話が終わると教師たちの紹介が始まった。
風属性の教師。水属性の教師。光属性の教師。次々と様々な教師が壇上へ上がっていく。
そして。
「続いて、一年一組の担任を紹介する」
司会役らしい教師がそう告げた。
「フレア・ローゼン教諭」
壇上へ現れたのは、赤い髪を後ろで束ね、金縁の眼鏡をかけた女性だった。
年齢は、二十代後半から三十代くらいだろうか。
凛とした雰囲気を纏っている。
「あの先生、炎属性だ」
シルフィンが小声で呟く。
確かに、赤い髪と瞳は炎の天賦の証だ。
なんだか少し親近感が湧いた。
教師紹介が終わると、いよいよクラス発表となった。
講堂の壁に巨大な文字が浮かび上がる。
どうやら魔法で表示しているらしい。
「すご……」
思わず呟く。
前世だったら紙を貼るだけだったのに。
名前を探していると、すぐに見つかった。
アリア・ベルナード。一年一組。
「あった!」
その瞬間。
「やった!」
隣でシルフィンが飛び跳ねた。
「私も一年一組!」
「え、本当?」
「うん!ほら!」
指差された場所を見ると、確かにシルフィン・アークレイドの名前があった。
「よかったー!」
彼女は本気で嬉しそうだった。
私も少し安心する。知り合いが一人もいないのと、一人でもいるのとでは大違いだ。
……もちろん、仲のいい人に限るが。
私たちは他の新入生たちと共に教室へ向かった。
一年一組の教室は二階にあった。
中へ入ると、木製の長机が綺麗に並んでおり、前方には巨大な黒板が設置されていた。
前世でなら、何だか古臭い教室だなと思っていただろうが、この世界でなら普通の光景だと思える。
「へえ……」
思わず見回してしまう。
どこか懐かしいようで、でも全然違う。
不思議な感覚だった。
「おっ、ここ空いてる!」
元気な声が響いた。
振り向くと、オレンジ色の髪をした少年が手を振っている。
「なあ、一緒に座ろうぜ!」
「え?」
「おれ、マシュル!君は?」
随分と勢いのある子だった。
その隣には青髪の少年もいる。
「やれやれ……あ、僕はライドだ。よろしく」
こちらは随分落ち着いている。対照的な二人だ。
「私はアリア。で、こっちは……」
「シルフィンだよ!」
そんな感じで、四人並んで席についた。
すると教室にフレア先生が入ってくる。
「全員、席につけ」
先ほどまでのざわめきが嘘のように静かになる。
やっぱり先生は強い。
「まずは自己紹介からだ」と言われ、教室の生徒たちは順番に名前を名乗っていく。
そして、私の番が来た。
立ち上がり、はっきりとした声で名乗る。
「アリア・ベルナードです。炎の天賦を持っています。よろしくお願いします」
すると、教室がざわついた。
そこで聞こえた言葉のほとんどは、「ベルナード」という名字に反応するものだった。
ああ、やっぱりこうなったか。
母は、炎の魔法使い以外にも知られている程度には有名らしい。
少しばかり気まずくなりながら席へ座る。
だが、シルフィンは嬉しそうだった。
「やっぱり、有名人だったんだね!」
「母さんがね」
「それでもすごいよ!」
そんなやり取りに、教室の空気も少し和んだ。
放課後、入学式当日ということもあって、早めに解散となった。
シルフィンと話しながら廊下を歩く。
「明日から、本格的に授業だね」
「そうだね。楽しみ」
「私は……ちょっと不安かも」
「え?どうして?」
そんな時、不意に廊下の向こうから、少女の笑い声が聞こえた。
「――あははっ!」
その瞬間、私は足を止めた。
「……え?」
胸の奥がざわつく。
なぜかはわからないが、その笑い声を聞いた瞬間、心臓が嫌な音を立てた。
遠い記憶の奥底に眠っている、もう終わったはずの過去が、わずかに揺らいだ気がした。
「アリア?どうしたの?」
シルフィンが不思議そうに振り返る。
「……ううん」
気づけば、笑い声の主は人混みの中へ消えていた。
顔は見えなかった。ただ……なぜだろう。
胸の奥に、小さな棘が刺さったような違和感だけが残った。
(今の……何だったんだろう)
その答えを知るのは、もう少し先のことだった。




