49.かつての自分の夢
若き氷の魔女、リーネ・フェルシュタインは、焦っていた。
それは、今彼女の目の前で起きていることがとても理解できなかったからだ。
気がついたら、学校の教室にいた。
でもそれは、見慣れたゼスメリアの教室ではない。
奇妙な白塗りの壁、変わった木材と金属で作られた椅子と机、そして……四角いガラスの窓がついた扉。
どれも、今世では見たことのないものばかりだ。
何が起きたんだ?ここは一体どこだ?
困惑する彼女だったが、しばらくしてその意味を理解した。
……そうだ、ここは前世の教室だ。
かつて、自分が村上奈々と呼ばれる人間であった時、人生のうちの数年間だけいた空間。
そのはずだが、何か引っかかる。
何か、ここで……自分のその後の人生に関わる、大きなことがあったような。
そんな気がした。
「痛っ……!」
突然、背中を何かに叩かれた。
振り向くと、すぐ横を通り過ぎていく女の姿があった。
一言文句を言ってやろうと声をかけたが、聞こえていないふりをしているのか反応はなかった。
その後場面が変わり、リーネはある席に座っていた。
どうしてこんなところに。こんなところ、いたくない。
そう思って動こうとしたが、なぜか体が言うことを聞かない。
そんな中、周囲から冷たい目を向けられていることに気がついた。
そして、ひそひそとしゃべる声が聞こえてきた。
「ね、次はあいつにしない?」
「そうだね。いいと思う」
その声はともかく、言葉には聞き覚えがあった。
昔、よく友人たちと悪ふざけをしていたころに発した、何気ない一言──だが、なぜか覚えている。
もしかしたら、それはこの後起きることがわかっていたからかもしれない。
さらに場面が変わり、自分はトイレにいた。
手を洗って、目の前の鏡を見て──その時、ようやく気がついた。
その顔は、明らかに自分のものではない。
黒髪に黒目、どこか悲しげな表情……今世の自分、リーネ・シュトラウスとはまったくの別人だ。
(これが私?……違う!こんな顔してない!)
そう思った矢先、後ろから扉が開く音がして、二人の女子生徒が入ってきた。
「あー、いたいた。ちょっと目離したらすぐいなくなるんだから」
「別にいいでしょ……」
意図せずして、そんな言葉が口から飛び出した。
「は?思い上がんなよ。あんたにそんなことする権利ないから」
相手の女子がそう言うと、もう片方の女子も囃し立てた。
そして、そのもう一人が前に出た。
「いやー、でもさ。ここに来てくれたのむしろ好都合じゃない?だって……好きなようにやれるもん」
「確かにそうだね。それじゃ……やるの?」
「そりゃね。みずき……は今日いないから、あたしがやる」
その女子生徒は、個室に入るよう言ってきた。
とてつもない恐怖が襲ってきたが、やはり体は勝手に動き、それに従った。
リーネは怖かった。
一体何をされるのか、という恐怖を感じたと共に、この場面に根拠のない既視感を覚えたからだ。
その後リーネは個室に連れ込まれ、ひどい暴力を受け続けた。
髪を引っ張られたり、便器の中に顔をつけさせられたり、壁に頭を叩きつけられたり。
さらに、この女子生徒はボールペンを持ってきており、それを手に刺されたりもした。
小さな文房具だが、それを肌に突き刺される痛みは耐え難いほど大きなものだった。
肉体的な痛みもだが、どんなに嫌でも逆らえぬまま痛めつけられる精神的な痛みは、言葉にできないほど辛いものだった。
私は何もしていないのに。逃げたいのに。こんなこと、嫌なのに──。
どんなにそう思っても、逃げられなかった。
体が動かず、意識を失うこともなく、相手の思うがままにいたぶられ続けた。
その後も場面は切り替わったが、暴力は形を変えて続いた。
画鋲を靴に入れられたり、座ろうとした椅子を引かれたり。
タイミングもバラバラで、直接的なものもあれば、そうではないものもあった。
でも、そのどれもに共通していることがあった。
それは、ある一人の女子生徒から振るわれること。そして──今すぐ逃げたい、いなくなりたいと思うほどの苦しみを感じたこと。
今もまた、その女子生徒から暴力を受けている。
他に誰もいない森の中で、無理やり上着を脱がされて……後ろを向かせられている。
何をされるのかと思った直後、背中に鋭い痛みを感じた。
もう何度も味わったその感覚で、すぐにわかった──これは、カッターだ。
痛みに体をよじらせると、女子生徒は嫌味ったらしく笑った。
そしてリーネの髪を掴み、顔を近づけてきた。
「……明日もまた来い。わかってるよな?」
その時、初めてその女子の顔を面と向かって見た。
自信と悪意に満ちたその顔は……かつての自分。
村上奈々のものだった。




