46.そして、私たちは決意した
それからさらに数日後。
私はユエと二人で、顔を見合わせていた。
あの日から、二人とも考えていたことがある。
「フェグジレード」、夢を他人に見せる魔法。
そして、授業の中で先生が実践して見せた、「見せたい夢を見せる」行為。
「……やるんだよね?」
ユエが小さく聞いてきた。
私はしばらく黙り込み、そして頷いた。
「うん」
「……そう」
ユエも頷く。
その表情は固く、怒りもあるし恐怖もある。
けれど何より、「確かめたい」という思いが強かった。
放課後、私たちはリーネを呼び止めた。
「話があるんだけど」
「なに?」
リーネは少し警戒した顔をした。
最近の私たちの様子を見れば当然だろう。
「この前やった、夢共有の魔法……覚えてる?」
まずは、それとなく私が言う。
「フェグジレード?」
「うん、それ」
リーネの眉が僅かに動く。
「何?それで私に何か聞きたいことがあるの?」
「ううん、そうじゃない。見せてほしい夢があるの」
「……どんな夢よ?」
それで、私は答えた。
「あなたが思う、一番幸せな人生」
何気ない質問……のはずだったが、その瞬間リーネの顔色が変わった。
ほんの一瞬だけ、本当に一瞬だけではあったが。
「なんでそんなものを」
「別に。ただの興味本位よ」
ユエがそう答えるが、そんなのは見え透いた嘘だ。
もう、ほぼ分かっていることだ──おそらくリーネも。
長い沈黙の後、リーネは答えた。
「……いいわ。別に隠すようなものでもないし」
学院の実習室に行き、私とユエは椅子に座る。
向かいにはリーネ。そして、監督役としてエドガー先生。
正直先生の存在は邪魔なのだが、学院内で覚えたての魔法を使う場合は先生が同伴することになっているらしいから、仕方がない。
それにどんな先生が出てこようと、私たちの計画を止めることはできない。
「準備はいいな?」
「はい」
「ええ」
リーネが杖を構え、静かに詠唱した。
「フェグジレード」
視界が白く染まり、気付くと──私は知らない場所にいた。
そしてそこには、一人の黒髪の女性がいた。
それを見て、すぐにわかった。
大人になったリーネ、いや──村上奈々だ。
職場。同僚。休日。そして出会い、結婚。
出産。子供の成長。笑顔。そして……老後。
どれも、とても幸せなものだった。
少なくとも、表面上は。
と、小学校低学年くらいの女の子──おそらく娘だろう──が泣きながら帰ってきて、奈々に泣きついた。
「どうしたの?」
奈々が聞くと、娘は泣きながら答えた。
「学校でね……いじめられた」
その瞬間、奈々の顔から血の気が引いた。
夢の中の奈々が固まり、息を呑む。
そして──『三春』と、はっきりと聞こえた。
奈々は娘を抱き締めながら泣いていた。
その後も夢は続く。
テレビで、学生の自殺を取り上げるニュースが流れると、奈々はすぐにチャンネルを変える。
職場でいじめの現場を見ると、途端に目を背ける。
加担はしないが、手を伸ばすこともしない。
一方で、定期的に映し出される夜のシーンがあった。
一人で部屋にいて、学生時代の写真やアルバムを見て……複雑な表情をする。
時には、私の写っている写真を見てはっきりと言うこともあった。
「ごめんね」と。
だが、時が立つとそれは大きく変わった。
奈々は幸せな日々を送るうち、それだけを噛み締めるようになり、過去のことはきれいに忘れていった。
時折、ふとした時に学生時代のことを思い出すこともあったが、私をいじめていたことはほぼ思い出さなかった。
と思ったら、一度だけそれらしき場面が出てきた。
私と芽依の写真を見て、相変わらず複雑な表情をして……。
でも、そこで奈々の心の声が漏れ聞こえた。
その時、奈々はこう言っていた。
「三春に芽依……まさか、本当に死ぬなんて。でも、私だけのせいじゃないもんね?元はと言えば、みずきがあの二人をいじめたからだもんね?私はちゃんと反省してるし、いいよね?」
そんな考えは、それ以降何があっても──病気になっても、何十年経っても変わっていなかった。
そして最後、死の直前。
老いた奈々が窓の外を見て、小さく呟いた。
「私の人生……楽しかったな」
そこで、夢が終わった。
私は目を開き、ユエもまた目を開く。
その場の誰も喋らない。
私は言葉を失っていた──いや、違う。
私はずっと、奈々は忘れているのだと思っていた。
逃げたのだと思っていた。
幸せになって、私たちのことなど忘れたのだと……そう思っていた。
でも、それは違った。
幸せだったのは事実だし、家庭もあったし、子供もいたし、長生きもした。
しかしそれでも、あの日々のことは確かに覚えていた。
一度も消えていなかった。
……私たちを虐げ、自殺に追い込むのを楽しみ、仲間たちと笑っていた記憶は。
他者を苦しめ、その涙で喉を潤していた日々の、愉しい記憶は。
隣を見ると、ユエは俯いていた。
でも、拳を握り締めて震えている。
怒っているのか、泣いているのか──その答えは、聞いてみるまでもなくわかった。
私もまたリーネを見、その何食わぬ顔を目に焼き付ける。
こいつ……結局あの後も生きてたんだ。
私たちをいじめ、殺したことなんて気にせず、最期まで幸せに。
おそらく前世の記憶をそのまま見せてきたんだろうが、そりゃ幸せだっただろう。
私たちを踏みにじり、死んだ後は何一つ知らない、善良な人間のような顔をして、普通の生活を送っていたのだから。
──ありがとう、奈々。
おかげで、私も決心がついたよ。
お前のこと、やっぱり絶対に許さないって。




