45.奪われた人生、殺された人生
昼休み。
私はユエと二人で、中庭の隅にあるベンチに座っていた。
周囲には他の生徒たちもいる。 だが、私たちが話している内容を聞かれる心配はない。
「……昨日の授業、すごかったね」
ユエがパンをちぎりながら言った。
「夢共有の魔法?」
「うん」
少しだけ声を落とす。
「正直、あれ聞いた時……思っちゃった」
「私も」
即答すると、ユエが苦笑する。
「だよね」
二人とも、何を考えたのか分かっている。
もしリーネが奈々なら……もし本当に前世の記憶を持っているなら、その夢を見れば分かる。
言い逃れもできないほど、はっきりと。
「でもさ……私、なんか思い出しちゃった」
ユエが俯いた。
「何を?」
「奈々のこと」
私は黙った。
ユエは少しだけ、顔をしかめる。
「私、今でも覚えてるんだよね。廊下で肩ぶつかっただけで怒鳴られたこと」
「……うん」
風が吹き、ユエは遠くを見る。
「わざとじゃなかったのに……『どこ見て歩いてんの?バカ』『謝れば済むと思ってんのか?』なんて、そんな言葉を浴びせられた」
ユエは悲しげに笑う。
笑っているのに、目は笑っていない。
「それだけで済めばまだいいけど、その後思いっきり突き飛ばされたんだよね」
私は拳を握った。
奈々ならやりそうだ、と容易に想像できた。
「それで、転んで膝擦りむいたんだけど……周りは見てるだけだった。まあ、そりゃそうだよね。みんな、見て見ぬふりをしてたんだもん」
それは、とても静かな声だった。
「私……あの時初めて思ったんだ。人って、こんなに簡単に誰かを傷つけるんだなって。口でいろいろ言ってても、結局は自分を守ろうとするのが本能なんだって」
しばらく沈黙が続き、今度は私が口を開く。
「私はペンでやられたよ。手の甲を刺された」
そう言うと、ユエの顔が強張った。
「あと、靴に画鋲を入れられたこともあるし、教科書を破られたりもした」
思い出したくもない。だが、忘れられない。
前世で受けた、心の傷の一つだ。
「でもね……一番嫌だったのは、暴力そのものじゃないんだ」
「……え?」
「気づいてたかな、奈々ってさ、手を出す前に必ず馬鹿にしてくるんだよ。『気持ち悪い』とか、『うざい』とか。『生きてる価値あるの?』とか」
ユエは黙ってそれを聞いていた。
「『お前なんか死ねばいいのに』なんて言われたこともある。」
今でもよく覚えている。
例え死のうと、生まれ変わろうと、忘れられるわけがない。
「……それ、私も言われたな。三春がいなくなった後、奈々に言われた」
私の背筋が冷えた。
「『次はあんただね。第二の三春だね』なんて言われたよ」
私は、怒りで頭が真っ白になった。
あいつ、そんなことまで言ってたのか。
しかも、それを実際に……。
「今なら分かるよ。私、あの時から壊れ始めてたんだなって」
ユエは苦笑いし、しばらく二人とも黙った。
昼休みの喧騒だけが遠く聞こえる。
やがて、ユエは口をまた開く。
「だからさ、私にとって奈々は特別なんだ。美沙はまあ……許せないけど、まだマシなほうかなって思えた。でも奈々は違う」
美沙……言うまでもなく、ノエルの前世のことだ。
私も彼女のことは許せないが、それでも……一つの区切りはつけているつもりだ。
「だってあいつ、明らかに自分からやってたもん。誰かに命令されたわけでもなく、空気に流されたわけでもなく……自分の意思で私たちを傷つけて、自分の意思で笑ってた」
それは私も思う。
あの女は、確実に自分の意思で手を出してきていた。
それは、あいつが一人でいた時も何かしらやってきたことからも確実だ。
「だから私、知りたい。本当に反省してるのか、ただ昔のことから逃げたいだけなのか……」
ユエは真っ直ぐ私を見る。
私も頷いた。それは、私自身も知りたいことだったから。
もし本当に、後悔しているのなら……もし本当に、罪と向き合っているのなら。
ノエルの時と同様に、私たちが決めるべきことも変わるかもしれない。
だが――もしそうでないのなら、私とユエは躊躇わない。
二人とも、そのことだけは言葉にしなくても分かっていた。
「ユエは、どっちだと思う?」
「私は後者だと思う。あいつが反省なんかするわけないよ。槇原みずきとおんなじだ」
槇原みずき。それは、最初に私たちをいじめてきた元凶であり、グループのリーダーだった女の名前。
こいつさえいなければ、私たちがいじめを受けることもなかっただろう。
「確かにそうかもね。みずきは本物の悪人だったけど、奈々も……同じようなもんだったかも」
「かも、じゃなくてそうだよ。私たちが自殺に追い込まれた……殺されたのがその証拠じゃない!」
ユエは力強く言った。
その表情は、怒りを噛み締めて震えていた。
「アリアがどう思ってるかは知らないけど、私はどうしても許せない。私は、私たちは、あいつらに殺されたんだ。人生をめちゃくちゃにされて、最後は命まで奪われた……!」
彼女の気持ちはすごくわかる。
私だって、自分は自殺したわけだけど、結局は奴らに殺されたのと同じだと思っている。
「復讐はするよ、絶対に。あいつらにやられるだけやられてそのまま……なんて寝覚めが悪いし、納得いかない。私一人でも、仕返ししてやる……何が何でも」
ユエは私と同等、いやそれ以上に奴らへの怒り、復讐心を抱いているようだ。
その気持ちには大いに同意するが……それでもどこか、完全には肯定できなかった。
無論、私だって奴らのことは許せない。
けれど、ノエルと向き合った今の私は、以前の私とも少し違う。
本当に反省している人間まで、同じように裁つべきなのか──その答えは、未だはっきりと分からなかった。




