44.夢共有の魔法
それから一週間後。
私たちは再びエドガー先生の精神魔法の授業を受けていた。
「さて・・・覚えているかな?前回はフェドラームの基礎を学んだ」
先生は教壇に立ちながら言う。
「はい、覚えています。見たい夢を見る魔法でしたよね」
ノエルが答えると、先生は「その通り」と頷いた。
「今日は、その応用だ」
そう言って黒板に書いた文字は、『夢共有の魔法 フェグジレード』というもの。
それを見て、教室がざわついた。
「共有?」
マシュルが首を傾げる。
「つまり、自分が見ている夢・・・あるいは見たい夢を他人にも見せる、ということだ。まあ、後者は正確には『見せたい夢』と言うべきだろうがな」
「えっ、そんなこともできるんですか?」
ユエが目を丸くする。
「できる。ただし、前の魔法よりも難易度は高い」
先生は腕を組んだ。
「今ちらっと言ったが・・・この魔法は、正確に言えば自分が見せたい夢を相手に見せる、つまり相手の夢の世界に送り込むものだ。だから当然、それ相応の技術が必要になる」
私は少し嫌な予感がした。
というか前の夢の魔法でも思ったが、「精神魔法」という時点で危険な匂いしかしない。
「そしてこの魔法もまた、乱用や悪用は厳禁だ。たかが夢と侮るな、下手をすれば現実の生活に影響が出るからな」
先生は即座に釘を刺した。
「それはまあ……そうですよね。嫌な夢とか、わりとよく覚えてること多いですし」
ユエが苦笑する。
「その通りだ。実際、拷問や嫌がらせ、いじめに悪用された事例も存在する……みんなは、そんな悪いことはしないように」
先生の声が少し低くなり、教室が静まり返る。
前の魔法の応用ではあるが、さらに危険な魔法らしい。
その後、先生は続けた。
「意外かもしれないが、この魔法の本来の用途は、治療や教育だ」
「治療?夢で治療ができるんですか?」
ノエルが首を傾げる。
「もちろん、医学的な意味とは少し違う。例えば、言葉では伝えられない記憶や感情を共有する場合だな」
それに、私は少し反応してしまった。
「記憶」という言葉が、妙に引っかかった。
「戦争の経験者や事故の生存者のように、実際に体験しなければその衝撃や苦しみを味わえない経験をした者が、自分の経験を他人へ伝える際にも使われる。また、長く生きている者が若い者へ、過去の光景を実際に見せることも可能だ」
まあ、確かにそういう使い方もあるのだろう。
前の夢を見せる魔法といい、便利ではある。だが、同時に恐ろしくもあった。
もし、私やユエの前世の記憶を見せられるなら――。
「では、実演しよう」
エドガー先生はそう言うと、一人の生徒を前へ呼び、「フェグジレード」を詠唱する。
その生徒はすぐに眠りに落ち、数十秒後にすっと目を覚ました。
「見えたな?では何が見えたか、みんなにも聞こえるように言ってみろ」
「……湖です。夕暮れの湖でした」
彼が答えると、先生は頷く。
「正解だ。とまあこのように、見せたい夢を相手に見せることができる。最初に言った通り、詠唱者が眠っている場合には同じ夢を共有することもできる」
教室から感嘆の声が上がる。
好きな夢を自分で見るだけでなく、他人に見せることができるとは。
しかし……。
私は横目でリーネを見た。
彼女は明らかに顔色が悪かった。
それに、ユエも気づいたらしい。
「リーネ……?大丈夫?」
声を掛ける。
「……平気よ」
だが、平気には見えない。
フェドラームの授業以来、彼女は時々ぼんやりするようになっていた。
何かを考え込んでいる……いや、何かに追われているようにも見える。
授業終盤、先生が最後の説明を始めた。
「今回の魔法だが、欠点がある」
それを聞き、教室の全員が先生を見る。
「この魔法は時に、夢の送り手が強く意識していない記憶が混ざる場合がある。といっても、詠唱者がこの魔法に不慣れな場合にだけ起きる、魔法の失敗のような現象だが」
その瞬間、リーネの肩がびくりと震えた。
「そんなに頻繁に起きることでもないが、もし起きれば、詠唱者が隠しているつもりの感情や記憶が漏れるきっかけになることもある。だからこの魔法を使う際は、ある意味自分自身と向き合う覚悟も必要だ……少なくとも不慣れなうちはな」
教室が少しざわつく。
私はふと、ユエの方を見た。すると、ユエもこちらを見ていた。
目が合い、互いに同じことを考えていると理解した。
もし――もし本当にリーネが村上奈々で。
もし彼女が、前世の記憶を持っていて。
そしてもし、この魔法でその夢を共有できるなら……言葉で問い詰める必要もないのかもしれない。
リーネが何を覚え、何を考え、何を後悔しているのか。その全てを直接見ることができるのだから。
授業終了の鐘が鳴る。
だが、私とユエは席を立たなかった。
新しく学んだ魔法が、思っていた以上に重要な意味を持ち始めていることに気づいていたからだ。




