43.復讐の条件
その日の放課後。
精神魔法の授業が終わった後も、私はどこか落ち着かなかった。
リーネが見た夢が気になるのもあるが、それよりも目覚めた時のあの顔は……確実に何かを思い出した人間の顔だと確信していた。
「アリア?」
隣を歩くユエが覗き込む。
「まだ気にしてるの?」
「まあ……ね」
「私も。あの時のリーネ、絶対変だったもん」
ユエは苦笑した。
二人で学院の裏庭を歩いていると、前方にリーネの姿が見えた。
一人でベンチに座っている。
「……どうする?」
「別に、話しかける気はないけど」
そう言った時、リーネが何かを取り出した。
それは古い紙切れのようなもので、小さく呟く。
「なんで、今さら……」
その声は酷く苦しそうだった。
私とユエは木陰に隠れたまま様子を見る。
もちろん、盗み聞きするつもりではなかった。
だが次の瞬間、リーネが紙を握りしめて震える声で言った。
「違う……違うのよ。もういいでしょ?もう終わったことでしょ?」
心臓が止まりそうになった。
……終わった?何が?
そのまま、リーネは続ける。
「ちゃんと反省した。悪かったと思った。結婚もして、子供も育てて……真面目に最後まで生きた」
声が震える。
ユエが隣で息を呑み、私も固まっていた。
結婚?子供?……今のリーネは十歳前後のはず。そんな経験があるはずがない。
だが――前世なら話は別だ。
「もう、終わったことじゃない……」
リーネはそう呟いた。
「なんで今さら、三春の顔を思い出さなきゃないのよ……」
その瞬間、世界から音が消えた。
ユエの肩が大きく震える。
私は言葉を失った。
三春。今、この世界でその名前を知っている人間はほとんどいない。
ましてや、偶然口にできる名前ではない。
リーネは俯いたまま続ける。
「悪かったと思ってる。なのに……なんでまた、会わなきゃいけないのよ。私だけのせいじゃないし、もう十分償ったでしょ……」
彼女は苦しそうで、けれどどこか苛立ったように呟き……紙を握る手が震えた。
そして、静かに顔を覆った。
私とユエはその場から離れた。
足音を立てないように。気付かれないように。
しばらく歩いてから、ようやくユエが口を開く。
「……聞いた?」
「聞いた」
声が出るだけでも不思議だった。
「三春、って言ったよね」
「うん」
「結婚したとか、子供がいたとかも」
「うん」
もう、否定の余地はない。
やはり、リーネは村上奈々だ。
しかも、前世の記憶を持っている。
そして――私のことも知っている。
「アリア」
ユエの声が低くなる。
「私、正直まだ信じきれてなかったんだけど……これ、もう間違いないね。あいつは……奈々は、全部覚えてるんだ。今日見た夢も、おそらくは……」
「そうだね。私もそう思う」
私が頷くと、ユエは拳を握った。
「だったら、聞かなきゃいけない」
「何を?」
「あいつ、反省してるって言ってたけど……それが本当なのか。本当に反省してるなら、なんで今のアリアにあんな態度を取るのか」
彼女の瞳には怒りがあった。
その言葉に、私は何も答えられなかった。
ただ、一つだけ分かったことがある。
もう、後戻りはできない。
リーネは村上奈々だった。そして彼女もまた、私たちと同じように前世を覚えたまま、この世界へ来ていたのだ。
「私、あいつがこっちに来てたことも許せないけど……それ以上に、あいつが前と何も変わってないんだとしたら、そっちの方が許せない」
その気持ちは大いに理解できる。
この世界に来てもなお、誰かをいじめるつもりでいるのなら……絶対に許せない。
あんな辛い思いをして、苦しむのは私たちだけで十分だ。
「ね、アリアはどう思う?私は正直、今まで見てきた限りだと……あいつ、何も変わってないと思うんだけど」
それは……確かにそうかもしれない。
奈々はおそらく、自分がかつていじめていた人間が生まれ変わって、すぐそこにいることなど気づいていないだろう。
とすれば、今の彼女の周囲への態度はありのまま、素の振る舞いだということになる。
それを今まで見てきた限り、彼女は……。
「……うん、そうだね。あの女は、少なくとも大きくは変わってない。しかも、さっきのを聞いた限り……もう終わったと思ってる」
それが一番許せない、とユエは憤った。
「あれ聞いた時、今すぐあいつを殴ってやろうかと思った。終わってなんかないから。死んだところで、終わるようなことじゃないから……って」
ユエの気持ちは、すごくよくわかる。
だからこそ、私は彼女に言った。
「でもさ、こうしてこの世界に来てくれたのは何かの縁だよね?だからさ、チャンスをやろうよ。私たちの新しい力を使って。その結果次第で、復讐のやり方を決めるんだ」
ユエは、そういうことならと頷いた。
ただ、確認するように「でも、許したくはない」と言った。
「それは私もだよ。でも、もしも……もしもだよ?あいつが本当に反省してるんだったら、少しは情けをかけてやってもいいんじゃない?」
それにはいまいち煮え切らない、納得が行かないという表情をしたが、一応はユエはうんと答えた。




