42.明晰の魔法
数日後。
二年二組の教室には、いつもとは違う空気が流れていた。
教壇に立ったのは、ちょっと見慣れない男の先生。
年齢は二十代半ばくらいで、黒色の短髪に細身の体格。正直、教師というより研究者のような雰囲気をしている。
ちなみに、黒色の髪は闇属性の天賦があることを示しているが、紫色も同様の天賦があることを示すらしい。
「さて、みんな……こうして面と向き合うのは初めてだな。私の名はエドガー・ルーヴェルト。精神関連の魔法を担当する」
教室が少しざわつく。
精神魔法の先生というのは珍しい。生活魔法の延長として学ぶことはあっても、専門の教師が来ることはほとんどない。
その理由は至って単純で、悪用された時のリスクが高いうえ、扱い自体も難しい種類の魔法であるからだ。
「精神魔法?なんか難しそうだな」
マシュルが小声で呟いた。
「実際難しいよ。直接人の心に関わる魔法だもの」
ノエルが答える。
そんな中、エドガー先生は黒板に文字を書く。
『フェドラーム』
聞き慣れない名前だった。
「これは、俗に明晰の魔法とも呼ばれる。簡単に言えば、自分の見たい夢を見る魔法だ」
すると、教室がざわめいた。
「えっ、本当に?」
ユエが身を乗り出す。
「それなら、好きな夢を見放題ですね!」
「残念ながら、そう単純でもないんだ」
先生は苦笑した。
「夢の内容を、完全に操作できるわけではない。少なくとも未熟なうちはな」
「未熟な……ということは、練習すればいいってことですか?」
「そうだ。あるいは強い想い──どうしてもこんな夢を見たい、現実では叶わないことを、せめて夢の中ではやりたい……という想いがあれば、話は変わってくる」
そういうことなら、私とユエは大丈夫そうだ。
何しろ私たちには、どうあってもやり遂げたいことがあるのだ──たとえ夢の中であったとしても。
「この魔法の本質にして基本は、『心の奥にある記憶や願望を映し出しやすくする』というものだ。例えば会いたい人がいるなら、その人物の夢を見ることもあるし……忘れていた出来事を思い出す場合もある」
その瞬間、なぜかリーネが小さく顔を上げた。
ほんの一瞬だったが、私は見逃さなかった。
「ただし、この魔法には注意点がある。夢はあくまでも夢。見たものが全て真実とは限らない」
先生は、黒板を軽く叩く。
「そしてこの魔法は、連続で使うと少なからず現実での生活に支障をきたす。現実から逃げて、夢の世界に逃げる癖がつかないよう、節度を持って使うように。これに限ったことではないが、精神魔法の基本は、自分自身を見失わないことだ」
その後、実践授業が始まった。
生徒たちは順番に魔法を試していく。
淡い光が頭上に浮かび、詠唱者はすぐに眠りに落ちる。
これは、魔力が精神へ作用して睡眠状態にさせているかららしく、詠唱を途中でやめて睡眠魔法として使うこともできるらしい。
といっても、私たちのような新米が使う場合はせいぜい十分ほどしか眠れないらしいが。
「面白そう!」
真っ先に試したのはユエだった。
だが、魔法は不発に終わった。
「あれ?うまくいかないなあ」
「魔力が足りないのか?ユエ」
「いや、そんなはずはないと思うんですが……」
「そうか。ならば君の集中力が不足しているんだな」
先生にそう言われ、教室に笑いが起きる。
一方、ノエルは成功した。
眠りについて数分後、自然に目を覚ました。
「起きたか、ノエル。どんな夢を見た?」
「私が見たのは……花畑の夢でした」
「そうか。実に平和でいい夢だな」
確かに平和だ。そして……実にノエルらしい。
リーネの番になり、彼女は杖を振り上げて詠唱する。
「フェドラーム」
青白い光が彼女を包み、同時に眠りへと落ちていく。
……成功したようだ。
しかし、目覚めと同時にリーネの顔色が変わった。
呼吸が乱れ、ひどく驚いた様子だった。
何か……見てはいけないものを見た、というように。
「リーネ?」
先生が声を掛けると、リーネは我に返った。
「……なんでもありません」
私はその様子を見つめていた。
胸の奥がざわつき、嫌な予感がした。
隣を見ると、ユエも同じような顔をしていた。
リーネは何を見たのだろう。
気になったが、あとで聞いても教えてくれなかった。
その際、彼女の突っぱねるような反応に、私はまた既視感を覚えた──かつての、いじめっ子の一人だった女の反応。
それと、とてもよく似ている気がした。




