41.説明できない不安
その日の放課後、私はユエを呼び出していた。
場所は学院裏の小さな丘……以前、芽依が自分の正体を明かしてくれた場所だ。
「で、話って?」
ユエは不思議そうな顔をしていた。
私は少し迷った後、口を開く。
「今日……思い出したというか、わかったんだ。リーネのこと」
その瞬間、ユエの表情が変わった。
「リーネ?」
私は頷く。
そして昼間に起きたことを、一つ残らず話した。
リーネの言葉。頭の中に響いた声。思い出した名前。そして――村上奈々のこと。
話し終えた頃には、辺りは夕暮れ色に染まり始めていた。
ユエはしばらく何も言わなかった。
ただ呆然と、私を見ている。
「……本当に?」
ようやく出た言葉はそれだった。
「私も信じたくない。でも、間違いないと思う」
風が吹き、しばらく沈黙が続いた。
「そんな……」
ユエは小さく呟く。
「奈々が?」
顔色が悪い。
無理もないだろう。村上奈々は、芽依にとっても加害者だった人間なのだから。
「どう思う?」
そう尋ねると、ユエは視線を落とした。
「正直信じられない。でも……前から変だとは思ってた」
少しだけ間を置いて、続ける。
私は思わず顔を上げた。
「理由はうまく説明できないんだけど」、と言って苦笑してから続ける。
「なんというか……なんとなく嫌だったの」
ユエは自分でも困ったような顔をしていた。
「リーネって、別に悪い子じゃないのよ」
それは私も認める。
実際に小動物を助けたり、仲間を見捨てなかったり、授業を真面目に受けていたりしているのを見てきたし、誰かに意地悪をしているわけでもない。
「なのに……さ」
ユエは続ける。
「近くにいると、なんか落ち着かないの」
夕陽が彼女の横顔を照らしていた。
「理由は分からない。でも、ずっとそうだった」
私は黙る。
ユエはさらに言った。
「遺跡の時もそう」
「え?」
「あの時、リーネを見てたら妙に胸が苦しくなった。それに……」
ユエは胸元を押さえる。
そこで言葉が止まる。
「それに?」
私が促すと、ユエは少しだけ震える声で言った。
「たまにね、リーネの声を聞いてると、誰かに怒鳴られてる気分になるの」
私は息を呑んだ。
「誰かは分からないし、顔も思い出せない。でも、怖かったことだけははっきりとわかる。だから、自分でも変だとは思ってた」
しばらく二人とも黙った。
風が草を揺らし、遠くから生徒たちの話し声が聞こえてくる。
やがてユエが口を開いた。
「もし本当に、リーネが奈々だったら……」
その声は低かった。
いつもの明るいユエの声ではない。
芽依の声だった。
「私、どうしたらいいんだろう」
その言葉には迷いがあった。
怒りも、恐怖も、悲しみも……全部混ざっていた。
私は答えられなかった。
なぜなら私自身も、同じことを考えていたからだ。
もしリーネが本当に村上奈々なら、私たちはどうするべきなのか、と。
夕陽はゆっくりと沈んでいく。
そして、二人とも気付いていなかった。
学院の窓から、こちらを見ている人影があったことに。
それは偶然私たちを見かけたリーネだった。
しかし彼女自身もまた、胸の奥に説明できない不安を抱え始めていた。




