39.炎は再燃する
初夏の風が吹く中、私たちはしばらく何も言わなかった。
ただ抱きしめたまま、互いの涙が落ち着くのを待っていた。
やがてユエ――芽依が、小さく息を吐く。
「……私ね」
震える声だった。
「三春がいなくなった後、しばらくは何も変わらなかったの。先生たちも、生徒たちも、みんな普通だった。まるで……何もなかったみたいに」
彼女は苦しそうに笑う。
私は、黙って聞いていた。
「でも、一ヶ月くらい経った頃かな。今度は、私があいつらの標的にされた」
ユエは視線を落とした。
胸の奥が、冷たくなる。
「最初は陰口だけだったよ。『あの子と仲良かったよね』とか、『次はあんた?かな』とか。でも、それだけじゃ終わらなかった」
彼女は拳を握り、声が少し掠れた。
「机に落書きされたり、教科書を隠されたり、無視されたり……」
私は目を閉じた。
聞き覚えのある話だった……嫌になるほど。
「それでね、ある日学校へ行こうとして、玄関まで行ったんだけど……」
ユエは続ける。
震える笑みを浮かべながら。
「足が動かなかった」
私は何も言えなかった。
「怖くて。学校が、教室が怖くて……人が怖くて」
呟くように言い、風が草を揺らす。
「それから、不登校になった。高校も辞めた」
静かな声だったが、その一言の重さは大きかった。
「家族は心配してくれたよ。病院にも連れて行ってくれたし、『無理しなくていい』って言ってくれた」
ユエは空を見上げる。
「でもね、申し訳なかった」
「芽依……」
「働くこともできない。学校にも行けない。ただ家にいるだけ。生きてるだけで、迷惑をかけてる気がした」
涙がまた頬を伝う。
その言葉に、私は前世の自分を重ねていた。
同じだった……あまりにも。
「それで、最後は……自分の部屋で首を吊った」
ユエが静かに言うと共に、風が止まったような気がした。
「だからね、三春の気持ちはすごくよく分かるの」
彼女は私を見た……涙で濡れた瞳で。
「誰にも頼れなくなる苦しさも、生きてるのが辛くなるのも、消えたい……死にたいって思うのも、全部」
私は唇を噛んだ。
芽依は、本当に私と同じ場所まで落ちていたのだ。
違うのは順番だけだった。
私が先で、芽依が後だった──それだけのことだ。
しばらく沈黙が続いた。
そして――ユエの表情が変わった。
悲しみだけではない。もっと暗く、もっと強い感情……怒りで。
「私、今までこんな大事なことを忘れてた。でも……だからといって過去は消えないし、許せるわけでもない」
その声は低く、ユエは拳を強く握っていた。
「あいつらは、私たちの人生を壊した。三春の人生も、私の人生も……」
震える声の奥には、確かな憎しみがあった。
「あいつらのこと、許せない。絶対に」
初めて見る顔だった。
いつも明るく笑っているユエとは違う……前世の、芽依の顔そのものだ。
「あいつらのせいで、私と三春は人生をめちゃくちゃにされて、最後には自殺する羽目になった。許さない……何があっても」
風が強く吹き、草原がざわめく。
「……三春」
ユエは私を見る。
「私、今でも思ってるの……もし、またあの日に戻れるなら。もし、またあいつらの前に立てるなら」
そこで言葉を切り、静かに続けた。
「私は、もう黙ってない」
その言葉は、誓いのようだった。
私は答えなかった。答えられなかった。
なぜなら――その怒りは、私の中にも確かに存在していたからだ。
ひとつの復讐をやり遂げ、消えたと思っていた炎が──芽依の言葉で、胸の奥で静かに揺れているのを感じた。




