38.二度目の出会い
休日。
私はユエと二人で町へ出ていた。
別に、特別な用事があったわけじゃない。 雑貨を見たり、お菓子を買ったり……ただの気分転換だ。
初夏の陽気は心地よく、通りには人が行き交っている。
「ねえ、アリア」
焼き菓子を頬張りながら、ユエが笑った。
「なに?」
「こういうの、なんかいいよね」
「こういうの?」
「友達と遊ぶの」
私は少しだけ、目を丸くした。
「今さら?」
「うん、今さら」
ユエは笑う。
「でもね、本当にそう思うのよ」
その笑顔はいつも通りだった。けれどどこか、無理をしているようにも見えた。
帰り道。
私たちは、町外れの小さな丘に腰を下ろした。
遠くに街並みが見える。風が草原を揺らしていた。
しばらく他愛もない話をしていたが、ふいにユエが黙った。
「ユエ?」
呼びかけても返事がない。
彼女は空を見上げていた。
……そして。
「ねえ、アリア」
静かに言った。
「私、これから変なこと言うかもしれない」
私は少しだけ身構える。
「どうしたの?」
「最近ね、夢を見るの」
ユエは自分の胸元を押さえた。
「夢?」
「うん」
そよそよと吹く風に水色の髪を揺らしながら、ユエは続けた。
「学校が出てくるんだけど……そこは、知らない学校。知らない制服に、知らない教室……」
そこまで聞いた瞬間、私の胸がざわついた。
「でもね、知らないはずなのに知ってるの。変だよね」
ユエの声は震えていた。
私は何も言えなかった。
「あとね、その夢には黒い髪の女の子が出てくるの。周りからいじめられてて、ずっと苦しそうにしてて……誰にも助けてもらえなくて、ずっと一人でいる」
胸が苦しくなる。
同時に、嫌な予感がした。
「私は、その子を助けたいのに……何もできないの」
ユエの瞳に涙が浮かぶ。
私は息を呑んだ。
「そして結局、その子が死んで……私は泣いて……毎回、そこで終わる。そこで目が覚める」
その時、風が止んだ気がした。
「それでね」
ユエは苦笑した。
「最初はただの夢だと思ってた。でも、違った」
彼女は震える手で目元を拭う。
「あの夢を見るようになってから、少しずつ思い出したの」
私は何も言えない。
この後に続くセリフは、見当がつく。
──もしかしたら、この子もノエルのように……。
「私は……」
ユエが私を見る。真っ直ぐに。
「私は──高橋芽依だった」
一瞬、世界が止まった。
想像とは違うセリフに、声が出ない。
「……何、言ってるの」
ようやく出た言葉はそれだった。
高橋芽依。かつて、私の同級生だった人物。
いじめには加担していなかったし、助長するような言動もまったく見たことがない。
ごく普通の、平凡な女子高生だと、私の目には映っていた。
「あなたが芽依だって言うなら、芽依は……」
死んだ。
その言葉だけが出てこない。
「うん、私は一度死んだ。自分の部屋で、ロープで首を吊って──」
ユエは頷き、涙を零した。
「自殺した。三春と同じように」
その言葉は重かった。
「三春がいなくなった後、今度は私が標的になった。それで学校に行けなくなって、高校も辞めて……どこにも居場所がなくなって。最後は、私も死んじゃった」
私は目を見開く。
ユエは微笑んだ──泣きながら。
その顔を見ると、胸が締め付けられる。
「なんで……なんで今まで言わなかったの」
私は掠れた声で言う。
すると、ユエは首を横に振った。
「アリアが三春だってのは、何となく気づいてたんだけど──言えなかった。怖かったの。もし本当にあなたが三春だったら……私を見て、また苦しむかもしれないって思って」
涙ながらに語る彼女の声は、震えていた。
「でも、もう隠したくなかった。……ごめん」
ユエは立ち上がり、深く頭を下げた。
その一言に、私は前世の教室を思い出していた。
「ごめんね、三春」
ユエの肩が震える。
「私、あなたが苦しんでるのはわかってたのに……何もできなかった。本当は、助けたくてたまらなかったのに……ずっと、後悔してた」
その言葉を聞いた瞬間、私はもう立っていられなかった。
芽依は、前世では私が「味方」に近いと思えた数少ない人間だった。
そして私の死後、同じように人生を壊され、死んだ人間でもあった。
「……芽依」
自然と、その名前が口からこぼれた。
ユエは泣きながら顔を上げる。
私はゆっくり歩み寄った。
そして、何も言わずに彼女を抱きしめた。
初夏の風が吹く中、二人とも泣いていた。
けれどその涙は、ノエルと向き合った時の涙とは少し違っていた。
それは流れ出す憎しみではなく、長い時間を経て、ようやく再会できた者同士の涙だった。




