35.理由なき涙と謝罪
古代文明の遺跡。
学院から数時間離れた山岳地帯の奥深く。
風化した石造りの建物は半ば地中に埋まり、それでもなお圧倒的な存在感を放っていた。
「すご……こんなの初めて見た」
ユエが思わず声を漏らす。
「私も」
ノエルも周囲を見回していた。
今回の課題は、探索実習。
古代文明の遺跡を実際に調査しながら、内部の構造を記録するというもので、戦闘よりも知識・観察重視の授業だ。
私たちは慎重に奥へ進む。
壁には大量の壁画が刻まれていた。
古代文字。祭祀。戦争。そして、人々の日常。
「なんか、不思議な感じ」
ユエが呟く。
「何百年も前の人たちが描いたものなのに……見たことあるような気がする」
「そうね」
リーネも珍しく見入っていた。
……その時だった。
ユエが足を止め、小さな声を出す。
「……え?」
それに、私たちは振り返った。
ユエは一枚の壁画を見つめていた。
そこには数人の少女が描かれているが、何か特別な壁画には見えない。
ただの、古代人の日常風景だ。
なのに──ユエの瞳から、涙が零れた。
「ユエ?どうしたの!?」
ノエルが慌てる。
ユエは自分の頬を触り、「あれ……?」と困惑した顔をした。
「涙……?なんで……」
声を震わせ、ぽろりとまた涙が落ちる。
「もしかして、この絵から何か感じるの?」
「感じる……そうだ。なんだかわからないけど、すごく……懐かしい感じがする……」
その場が静まり返った。
「見たことないはずなのに……」
ユエは壁画から目を離せない。
「知らない人たちなのに……」
胸を押さえる。
彼女は、何やら苦しそうだった。
「なんで……こんなに悲しいんだろう……」
それには、誰も答えられなかった。
ただ、一つだけ……妙な既視感を覚えていた。
ユエの横顔が、泣いているその姿が──どこかで、見たことがあるような気がした。
その後も探索は続いた。
遺跡の奥。円形の広間。
そこには、無数の石像が並んでいる。
と、今度はリーネが止まった。
「あ……」
ぽつりと呟き、リーネは一体の石像を見上げる。
それは、特に何の変哲もない像。
古代の女性を模したものらしい。
……しかし、それを見てリーネの表情が固まる。
しばらく黙った後、彼女は小さく口を開いた。
「ごめん」
私たちは思わず振り返る。
「え?」
マシュルが聞き返す。
リーネ自身も固まった。
「……あれ?」
数秒遅れて、自分の言葉に驚いたような顔になる。
「あたし、今……」
石像を見つめ、不思議そうに言う。
「なんで、謝ったんだろ」
そこまで言ったところで、リーネは黙り込む。
石像を見つめる目だけが、ひどく苦しそうだった。
その様子を見ながら、私は妙な胸騒ぎを覚えていた。
ユエもリーネも、最近こういうことが多い気がする。
知らないはずなのに、知っている。
初めて見るはずなのに、懐かしい。
理由もなく涙を流し、理由もなく謝る。
それも、二人して同時期に……これは、偶然だろうか。
その時──
広間の中央に置かれていた古い魔道具が淡く光った。
それには誰も気付かなかった。
ただ一人、リーネだけがその光を見て、その瞬間に背筋を震わせていた。




