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灼炎の転生魔女 〜異世界で始めるいじめ復讐〜  作者: 明鏡止水
1章 転生と復讐の幕開け

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30/54

30.知らなかったあなた

 シルフィンがそっと席を外してから、少しだけ時間が経った。

部屋には静寂が戻っていたけど、さっきまでの張り詰めた空気は、どこか和らいでいた。


西側の窓から差し込む夕陽が、カーテン越しに淡い色を落としている。

私とノエルは、並んで座ったまま、まだ手を握っていた。


「……ねえ」


 私が少し顔を向けて、ぽつりと訊いた。


「好きな食べ物とか、あったっけ? 前は……そういうの、話さなかったよね」


ノエルは少しだけ目を丸くして、それから小さく笑った。


「……意外かもだけど、私猫好きだったの。食べ物では……甘いものが好きだった。特に、バタークッキー」


「猫……なんとなくわかるかも。気まぐれそうで、でも繊細で、可愛いところとか」


「ふふっ。それ、褒めてる?」


「もちろん」


 自然と、二人の間に笑みがこぼれた。

さっきまで泣きじゃくっていたのが嘘みたいに、穏やかな時間が流れている。


「私、前世でパティシエになりたかったんだ」


「パティシエ?」


「うん。わりと本気で、制服のデザインまで考えてた。夢ノートも作ってたし……今思えば、現実逃避だったのかもしれないけど、それでもあの頃は、それが楽しみだった」


ノエルは少し考えるように目を伏せ、それから優しい声で言った。


「そういうの、知らなかったな。知ろうともしなかった」


「私も、そうだったよ」


 そこで、言葉が途切れる。

でも、不思議と苦しくはなかった。

沈黙のなかで、夕陽がゆっくりと床に長い影を落としていく。


「もし、前の世界で……こんなふうに話せてたら、少しは違ってたのかな」


私の声は、夕暮れに溶けていくようだった。


「うん……たぶん違ってたと思う。でも、それを言っても遅いのよね。あの頃の私たちには、できなかったことだから」


「そうだね。でも今なら……やり直せる気がする」


ノエルは、私の手を少しだけ強く握り返した。


「私もそう思う。今なら──きっと」



 私たちは、ようやく親しさの端に立っていた。

まだぎこちないけれど、それでももう、魔法も怒りも必要のない場所にいた。




 やがて、ノエルが静かに立ち上がった。


「今日はありがとう。長くいすぎちゃったね」


「ううん、来てくれてよかったよ」


そう言って微笑むと、ノエルは少し照れくさそうに頷いた。


「あれ?もう大丈夫なの?」


「うん。今日は、アリアと話すからって……来ただけだから」


玄関へ向かう彼女よ足取りはまだ少し重かったけれど、背筋は真っ直ぐだった。



 扉が閉まり、再び静けさが戻ってくる。

ふと横を見ると、シルフィンがいつの間にか戻っていた。

紅茶のカップを手に、静かに私の隣に座る。


「……話、できたんだね」


その一言が、胸に染みた。

私は頷いて、けれど少しだけ目を伏せた。


「うん、ちゃんと話せたよ。でも……なんていうか、心の奥が変な感じだった。泣いたから、じゃなくて……」


 うまく言えない気持ちが、胸の中にまだ渦を巻いていた。


シルフィンはそっと、私の手を取った。

あたたかい手だった。


「アリア……あなたたちは、どっちも傷を抱えてたんだと思う。誰かを傷つけたこと、見過ごしたこと。その痛みはきっと、誰にでもある。でも、それだけじゃない」


彼女はゆっくりと、でも確かな声で続ける。


「過去は変えられない。でも、今のあなたたちはもう、過去のままじゃない。今回、あなたたちは手を伸ばした。自分の痛みも、相手の痛みも抱えて、それを理解した、すごいことだと思うよ」


 私は黙って、その言葉を聞いていた。

胸がきゅっとなる。けれど、それは苦しさではなく、何かがほぐれていくような温かさだった。


「……らしくないよ、そんな綺麗事」


小さく笑ってみせると、シルフィンも肩をすくめて笑った。


「いいじゃん。綺麗事でも言わせてよ。私だって、あなたとノエルの友達だから」


 私はもう一度目を伏せた。

けれど今度は、静かに笑っていた。


「……ありがとう、シルフィン」


彼女はうんと頷いて、それからそっとカップを差し出してきた。


「お茶、飲む? あったかいよ」


「……うん、もらう」



 夕暮れは、ゆっくりと夜に変わりつつあった。

けれど、この部屋の空気は優しかった。

いつまでも、いつまでも……。


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