28.終わらなかった復讐
あれから三日が経った。
週末のあの日、私の中に燃えていた炎は、まだ燻っている。
けれどそれは、燃え盛る憎しみではない。
静かに胸の奥で燻ぶる、灰色の余熱のようだった。
そろそろ、本格的な夏が来ている。
陽射しはやけに眩しく、空はやたらと青かった。
こんなにも世界が明るいのに、私は少しもそれを美しいと感じなかった。
──ノエルは、死んだ。
あの火の中で、確かに焼けて、泣いて、壊れた。
私は彼女に言った……「死ね」って。
そして彼女は、私の炎の中で、最期の一言を言って果てた。
それが、私の見た“最後”だった。
私は、それで終わったと思っていた。
前世の誓いは果たされた。
過去は焼き尽くされた。
だからこそ、私は普通の生活に戻るべきだと思っていた。
──でも、戻れなかった。
朝、目が覚めるたびに思う……「まだ、あのときの匂いがする」と。
それは、服に染みついた煙の臭いじゃない。私の心に焼きついた、焼け焦げた悲鳴と涙の匂い。
それが、どうしても離れなかった。
──これでよかったんだ。
そう思い込もうとするたびに、胸の奥で鈍い痛みが走る。
私は、生きるために怒ったはずだった。なのに今は──なぜか、心のどこかが虚ろだった。
校舎裏の焼け跡は、今朝先生たちに見つかった。だが、何があったのかは誰にもわからないようだった。
今後、あの場所には誰も近づかないかもしれない。
まるで、死者の痕跡に触れることをみんなが避けているかのように。
私は、そこに立った。
今日も、また。
──誰かが私を見ている気がした。
けれど、振り返ってもそこには誰もいない。
風だけが、頬を撫でて通り過ぎていった。
静かだった。あまりにも、静かすぎた。
それで思った……私は、一人では生きていけない。誰か、一緒に話したり笑ったりできる人が必要だ。
前世で自ら命を絶ったのも、もちろんいじめが大きな理由だが、そこには少なからず「孤独」も含まれていたのだろう。
「……ノエル」
ふと、私は声に出していた。
シルフィンやマシュルたちは、それぞれの別の友人と遊んでいるので、ここにはいない。
ついこの前までは、そんな状況でも一緒にいてくれる人がいた。
でも……その人は、前世で私を殺した奴らの一人だった。
これで、よかったんだろうか。
意図せずして、そんな考えが浮かんできてしまう。
不思議なものだ。あれほど憎み、恨んでいた相手なのに……いざいなくなると、虚しい気持ちになるなんて。
そんな中、私は知らなかった。
ノエル──山本美沙が、生きていたなんて。
あの日、私が地獄に突き落としたはずの彼女が、まだこの世界に存在していたなんて。
そして、それを知っている誰かが、既に私の傍にいたことも。
無邪気な笑顔で、私の隣を歩いていた炎の魔女。
シルフィンが、すべてを知っていたなんて──。
あれから二週間という時間が経っても、心の中は焼けたままだった。
燃え尽きるはずだったのに、まだ燻っている。
私は中庭の片隅にあるベンチで、沈む夕陽を眺めていた。
誰にも話しかけられたくなくて、でも、一人でいたくない……そんな気分だった。
そんな私の前で、一つの足音が止まる。
「……アリア」
振り向くと、そこにはシルフィンがいた。
いつもの無表情が、今日は少しだけ揺れている。
「……何か用?」
苛立ち交じりの声が出た。
自分自身でも、少し驚く。
でも彼女は怯まず、まっすぐに言った。
「ノエルなんだけど……彼女は、生きてるよ」
「……は?」
何の冗談だろうか?
言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
「私が見つけて、助けた。偶然だけど、あの時、学院に戻って──」
「嘘」
私は立ち上がる。心臓が、怒りとも混乱ともつかない衝動で跳ねた。
「そんなわけない……だって、私はあの時、確かに──」
そうだ、殺した。そう思ってた。
そう信じて、やっと──終わらせたつもりだったのに。
でもシルフィンは、ゆっくり首を振った。
「生きてた。あの子は……壊れてた。肉体も、心も」
「……ふざけないで」
どうして。どうして生きてるんだ。
あんなに私を壊して、何もかも奪っておいて──。
「アリア、落ち着いて」
「落ち着けるわけないでしょ!」
怒鳴り声が、空に響く。
魔力がざわめき、指先に火が宿りかける。
「私の気持ち、何も知らないくせに……おおかた、やりすぎだって思ってるんでしょ?いじめられてたからって、殺すことないって……そう思ってるんでしょ!?」
シルフィンは黙ったまま、私を見ていた。
でも、否定はしなかった。
それが余計に、腹立たしかった。
「言えばよかった?やめてって?助けを求めればよかった?……でも、誰も聞いてくれなかった。誰も!」
声が震える。
喉が焼けるほど熱いのに、胸は寒くて仕方なかった。
「私はただ、怒りたかった。前世の無念を、恨みを、晴らしたかった。それだけなのに……」
沈黙が落ちる。
そして──静かにシルフィンは口を開いた。
「……私は、あなたの全部を理解できない。だって、私はいじめられたことがないから」
その言葉に、胸がひどく痛んだ。
でもその次に続いた言葉が、それ以上に深く染み込んできた。
「でも……それでも、あなたのことを分かりたいって思ってる。どんなに悲しい過去がある人でも、アリアとは……友達でいたいって思ってるから」
私は、黙って彼女を見つめた。
「だから、聞かせてほしい。あなたは──ノエルを、どうしたいの?」
胸の奥が、ずっと冷たかった。
だけど今、その問いかけに触れて、少しだけ熱が戻ってきた気がした。
「……ノエルは死んだ。あの日、私が焼いた。前世の恨みと、怒りと一緒に」
私はそう言った。
けれど──心のどこかが、まだ揺れていた。
「でも、もし美沙が生きてるなら……あの日、私が殺しきれていなかったんなら」
私は、再び炎を灯すかもしれない。
でも、ほんの少し。ほんの、ほんの少しだけ──もう一度だけ会ってもいい。
そう、思ってしまった。




