27.炎の中の遺言
震え上がる美沙を前に、私は杖を振り上げる。
それだけで空間が熱を帯び、周囲が震える。空気が軋み、視界の端がゆらゆらと歪んでいく。
「さあ美沙、喚け。痛い、熱い、助けて……って泣き喚け。ま、いくら泣いたって許さないけどね」
私は、口元を歪めて笑った。
「お前は今まで、自分のしたことから逃げてきたよな?何もかも忘れて、幸せに……のほほんと生きてきたよな。裏で、私の陰口を叩いたりしながら」
私の陰口を言っていたのがバレていたと知ってたか、美沙はますます震えて声を出そうとしたが、言葉にならなかった。
怯えている。怯えて、震えて、それでもなお、自分を守ろうとしている。
……そう思うと、余計に許せなかった。
「命乞いなんてさせないよ。私は、何回もお前たちにやめてって言った。これ以上、私を傷つけないでって言った。でも、お前たちはそれを聞いたか?私に絡むのをやめたか?」
言いながら、手のひらに火球を作り出す。
それは次第に膨れ、灼熱を含んだ魔力となって唸り始める。
「いつだったか……私が泣いてた時、お前は見て見ぬふりをしてたよね?机の中に入れられたゴミを一人で片付けてた時、他の奴らと一緒に笑ってたよね?」
魔力が燃え上がる。
火球が形を変え、蛇のように渦を巻く。
「わかってるだろ?自分の行いってのは、いずれ自分に返ってくるものだ。良いことも、悪いことも」
ただひたすら、怒りに身を任せた。
私は、断じて優しい子などではない。むしろ元々は、最期に復讐を硬く誓い……自ら飛び降りた。
そして今が、その誓いを果たす時だ。
今の私は、私自身のために怒り、燃えているんだ。
炎が地を這い、美沙のすぐそばの地面を焼いた。
土が裂け、炎が地中を這い回る。
美沙のスカートの端が焦げ、肌を燃やし、ようやく声をあげた。
「熱っ……!や、やめて!三春!」
その叫びに、私は鼻で笑う。
「やめて……?今さら?自分が危なくなってから?」
私は近づく。
一歩ずつ、美沙との距離が詰まっていく。
「ごめんね?私、もう止まらないの。誰にも……自分でも止められない。だってこれは、私が生きるための怒りだから。仕方ないよね?」
燃え盛る炎の中、美沙の顔に自分の顔を近づけて呟いた。
「お前のおかげで、最期に抱いた怒りを思い出せたよ。前世のお礼、たっぷりしてやる」
──その時、背後から一陣の風が吹き抜けた。
(……誰か、来る?)
微かな気配が、怒りに濁った私の集中をわずかに逸らした。
けれど、まだだ。私はまだ、終わっていない。
もはや、怒鳴ったりはしない。
心の底から、全てを炎にして吐き出す。
炎が爆ぜる。
世界が赤く染まり、美沙は両腕で頭を抱えるようにして、蹲った。
私は炎を構えた手を振り上げた。
その先に、こいつの地獄が待っている。
それを察したのか、美沙はぼろぼろの服の袖を震わせながら、必死に手を組んだ。
震える指先が描いたのは、魔力による防御障壁──簡易結界。
けれど、それはあまりに脆く、頼りない。
自分を守る言い訳だけでできているような、自分という人間を体現したかのような、中身のない結界だった。
「──無駄だよ」
私は低く呟き、指を鳴らす。
次の瞬間、盛大に私の炎が炸裂した。
炎は咆哮を上げ、美沙の結界を真っ向から貫いた。
防壁は、まるで紙細工のようにあっけなく崩れ落ちる。
その背後にいた美沙は、咄嗟に腕で顔を庇ったが、意味はなかった。
焼け爛れる肉。弾ける悲鳴。
地面に崩れ落ちた彼女の身体が、なおも炎に包まれてのたうつ。
「あ……熱いっ!やめて……助けて!許してえっ!!」
無様だった。そして──痛快だった。
私をさんざん苦しめ、痛めつけた女が、今は私の怒りの炎で焼かれている。
身をよじり、髪を焼かれ、涙を垂れ流し、声を潰して喚いている。
あの頃、私がどんなに泣いても、誰も見てくれなかったのに、ようやく──。
「嬉しいよ、美沙。お前、今──私を見てくれてるじゃん?」
私は笑った。
歪んだ、ひどく歪んだ笑みだった。
でも、それは間違いなく私の“本音”だった。
「いいよ、その顔。やっと似合うようになったじゃん、クズのお前にさ」
やがて、炎がゆっくりと弱まる。
空気が冷え、焦げた土の匂いが、校舎裏の夕闇に染み込むように漂う。
そこにいたのは、もはやノエルでも山本美沙でもない──焼け焦げ、皮膚の半分がただれ、視線も定まらない、辛うじて息のある焼死体だった。
それでも、彼女はまだ息をしていた。
小さく、小さく……喉の奥で引きつった音を立てながら。
私はその傍にしゃがみ、そっと顔を覗き込む。
「……ごめんね、ちょっとやりすぎちゃった」
囁くように言った。
その言葉に、美沙がわずかに動いた。
顔を、私の方に向けようとした。
だが、瞳はもう焦点を結んでいない。
彼女は、すでに“壊れて”いた。
「許して。最後に、一つだけあげるから」
私は指を一本立て、ふっと息を吹きかける。
そして、こう告げた。
「美沙……死ね」
最後の言葉と同時に、私の指先から小さな炎が生まれ、美沙の胸元にすっと落ちた。
その瞬間、炎が花のように咲いた。
赤い光が舞い、世界が沈黙した。
この瞬間、私の中でひとつの過去が焼き尽くされた。
前世から続く因縁を、ようやく断ち切った。
それは怒りであり恨みでもあるが、同時に私が生きてきた証でもある。
苦しみから解放され、新たに歩き続けた人生の──血と涙と炎で刻んだ通過点。
血のように赤い光の中で、美沙の喉がごくりと動いた。
その唇が、かすかに動く。
「みは……ごめ……」
しわがれた、ひび割れた声。
それでも、確かに言葉だった。
「わたし……こわかった。こわくて……あなたを……」
その目には、焦点はなかった。
でも、その声だけがやけに生を帯びていた。




