24.確証なき確信
それから十日程経ち、私はようやく気づいた……自分でも気づかないうちに、ノエルを観察していたことに。
授業中。
昼休み。
放課後。
どの時間帯でも、ノエルはいつも通りだった。
植物の話をして。シルフィンと笑って。私にも普通に接してくる。
だからこそ、私の中では二つの気持ちがぶつかり続けていた。
「違う」という気持ちと、「もし本当に美沙だったら」という気持ちが。
そして、ある日の放課後。
私は図書室から戻る途中だった。
角を曲がろうとした時、ふと聞き覚えのある声が聞こえた。
その声の主はノエルだった。
近くには、同じ組の女子生徒が数人いる。
私は別にあまり仲が良いわけではないが……おそらくノエルの友人だろう。
別に盗み聞きするつもりはなかった。
だが、彼女の言葉を聞いた瞬間、私は足を止めた。
「アリアってさ……なんか、ずるいよね」
苦笑いするノエルのセリフを聞き、周囲の女子たちが顔を見合わせる。
「まあ、それはあるかも。勉強もできるし、魔法も強いし、先生にも期待されてるし」
「でしょ?私たちが必死になってること、あいつは簡単にやっちゃうじゃん。何というか……ちょっとムカつくよね」
私は背筋が凍った。
それ自体は悪口としては軽い。嫉妬混じりの愚痴だろう。
だが、問題は内容ではなかった。
『三春ってさ、なんかずるいよね。先生に好かれてるし』
『あの女、別に何にも頑張ってなんかないくせに』
記憶が蘇る。
前世の教室。放課後。数人の女子のグループ。
そして、その中にいた山本美沙。
さらに、ノエルは笑いながら言う。
「まあ、別に嫌いじゃないんだけどね?たまーに優等生ヅラして目立ってるから、ちょっとイラッとする」
自分の顔から血の気が引くのを感じた。
その言い方。その笑い方。その空気。その順番。
まるで同じだ。まるで――あの日の美沙と。
「……やっぱり」
私は無意識に呟く。
心臓が激しく鳴る。
「やっぱり、そうなんだ」
もちろん、証拠なんてない。
冷静に考えれば偶然かもしれない。
誰だって嫉妬くらいするし、陰口だって言う。
そんなことはわかっている。
だが私の中では、あの夜の夢、同じ言葉、同じ雰囲気、同じ視線……それらが一本の線で繋がってしまう。
「山本美沙……こっちに来てたんだ」
かつて私をいじめ、苦しめ、生きる気力を奪った五人のうちの一人。
それが、私と同じようにこの世界に転生して、のうのうと生きていた。
私と同じように、幸せに暮らしていた。
そう思った瞬間、私の中で眠っていた怒りが再び燃え上がるのを感じた。
美沙……こんな形で、また会うことになるなんて。
でも、むしろちょうどいいかもしれない。
それまで仲のいい友人だと思っていた相手が、昔自分がいじめた相手で、時空と世界を超えて復讐しに来たと知ったら……どう思うか。
前世の最期に誓った復讐。
それを果たす時が見えてきた。
どれだけ今の仲がよくても、過去にあったことが消えはしない。
かつて私にしたことの報いは、受けてもらう……何としてでも。
翌日、私はいつもより早く学院へ来ていた。
理由は単純だ。
どうしても、確認したいことがあった。
昨日からずっと頭の中を離れない疑問。
そして、それに対する確信。
もしもノエルが、本当に山本美沙なら――前世の記憶を持っているなら。
私しか知らないはずの共通点が、きっとどこかにある。
自分でもわかっていた。
こんなのは証拠でも何でもない。ただの確認だ。
それでも、どうしても確かめたかった。
ホームルーム前。
教室には、まだ生徒が少ない。
ノエルはいつものように席へ座り、植物図鑑を読んでいた。
私は何気ない顔を装いながら近づく。
「おはよう」
「あ、おはよう」
ノエルは顔を上げた。
……いつも通りだ。優しい声で、穏やかな表情で。
少し前までなら、それだけで安心できていた。
でも、今は違う。
私は、彼女の一挙手一投足を観察してしまう。
「ね、ちょっと気になったんだけどさ」
なるべく自然に言う。
「ノエルって、好きなスポーツとかある?」
「スポーツ?」
彼女は少し首を傾げた。
「ずいぶん急だね?」
「ごめん、なんか気になって」
「うーん……」
ノエルは少し考える。
私は無意識に息を止めていた。
……そして。
「テニスかな」
「――え?」
思わず声が漏れた。
ノエルは不思議そうな顔をする。
「どうしたの?」
「い、いや……」
心臓が大きく跳ねる。
テニス。今、確かにテニスと言った。
いや、もちろん知っている。だが、この世界には存在しない言葉だ。
少なくとも、私は十年生きてきて一度も間いたことがない。
学院でも、街でも、本でも……一度も。
なのに、ノエルは当たり前のように口にした。
まるで、昔から知っていたかのように。
「テニスって……何?」
私は慎重に尋ねる。
するとノエルはきょとんとした顔になった。
「え?」
数秒の沈黙。そして──。
「……あれ?何だっけ」
今度は彼女が困惑した。
「え?何だっけ、ってどういうこと?」
「わからない。急に頭に浮かんだんだけど……なんだろ?」
ノエルは自分でも不思議だ、という感じで首を傾げる。
「何かの遊び……なような気がするけどね」
背筋が冷える。
私は知っている。テニスは遊びなどではなく、スポーツだ。
それは間違いなく、前世に存在した。
そして……山本美沙が好きだった競技だ。
「そ、そうなんだ」
私は何とか平静を装う。
だが、胸の鼓動は激しくなる一方だった。
偶然?いや、そんな偶然があるものか。
この世界に存在しない単語を知っていて、しかもそれが美沙と同じものだなんて。
「じゃあ、さ」
私は続ける。
「好きな色は?」
「黄色」
今度は即答だった……迷いすらなく。
「昔から好きなんだ。なんか落ち着くの」
ノエルは微笑む。
黄色……やはりそうか。
前世の美沙も、黄色が好きだった。
テニス部時代のラケットケース。スマホケース。筆箱。
あの女が持っていたものは、何もかも黄色だった。
何度も見たから、嫌というほど覚えている。
「……そっか」
私は笑った。
笑えたと思う。少なくとも表面上は。
ノエルは何も疑っていない。
ただ雑談をしているだけだと思っている。
だが、私の中では違った。
たった今、全てが繋がった。
夢。陰口。言葉遣い。笑い方。嫉妬。そして――テニスと好きな色。
偶然では説明できない。
もう十分だった。いや、十分すぎた。
山本美沙……やっぱり、あんただったんだ。
私は机の下で拳を握り締める。
爪が手のひらに食い込む。
痛みは感じない。その代わり、胸の奥で別のものが燃えていた。
ずっと消えなかった炎。
前世の終わりに誓った感情。
忘れたと思っていた憎しみ。
ノエルは気づいていないだろう。
目の前で笑っている少女が、今この瞬間……完全に別の存在へと変わったことに。
私は静かに微笑む。そして、心の底で呟いた。
――見つけたよ。山本美沙。




