23.重なる面影
翌日の授業。
食中毒騒動も一段落し、学院には再びいつもの日常が戻っていた。
「それでは、この問題は……三人一組で考えてみろ」
魔法理論の授業中。
先生がそう言うと、教室のあちこちで机を寄せる音が響く。
当然のように、私はシルフィンとノエルの方へ向かった。
「よし、やろっか!」
シルフィンは元気いっぱいだ。
「うん」
ノエルも頷き、教科書を開く。
三人で問題を見ながら話し合いを始める。
「ここは、魔力の流れを先に計算するんじゃない?」
「でもさ、それだと効率悪くない?」
「うーん……」
いつも通りの光景だった。
つい数日前まで、食中毒で苦しんでいたとは思えないほど、平和な時間。
私は少しだけ安心していた。
昨夜の夢も、ノエルへの妙な違和感も、このまま忘れていける気がしていた。
……ところが。
「アリア?」
ノエルがこちらを見る。
「え?」
「今の話、聞いてた?」
私ははっとした。
どうやら考え事をしていたらしい。
「ご、ごめん」
「もう、さっきから何回も言ってるのに」
少しだけ呆れたような声。
……その瞬間だった。
『何回言わせんの?』
頭の奥で、声が響く。
『ちゃんと聞いてんの?』
視界が揺れた。
放課後の教室。
机を囲む女子たち。
笑い声。冷たい視線。
『あいつさ、マジで空気読めないよね』
そう言って笑うその顔は……紛れもなく、山本美沙だ。
「っ……!」
私は思わず肩を震わせた。
心臓が跳ね、呼吸が浅くなる。
「アリア?どうしたの?」
シルフィンが不思議そうな顔をした。
「え……?」
私は慌てて現実へ意識を戻す。
目の前にはノエルがいる。
オレンジ色の髪。心配そうな瞳。
……やはり、美沙ではない。
そんなことはわかっている。
わかっているのに。
『空気読めよ』
また声が聞こえる。
かつて、幾度となく浴びせられた言葉。
教室で。廊下で。体育館で。
何度も、何度も……。
「アリア?」
ノエルがもう一度呼ぶ。
私は反射的に顔を上げた。
その一瞬だけ。本当に一瞬だけ。
ノエルの顔が、美沙の顔と重なって見えた。
「……っ!」
思わず椅子が音を立てる。
教室の数人がこちらを振り向いた。
「ご、ごめん!なんでもない!ちょっと……ぼーっとしてただけ!」
私は慌てて言った。
「そう?」
ノエルは首を傾げる。
「顔色悪いよ?まだ、本調子じゃないんじゃない?」
シルフィンも心配そうだった。
違う。違うんだ。
二人は何も悪くない。悪いのは……。
『気持ち悪い』
『こっちくんな』
『みんな嫌がってる』
頭の中で蘇る声。
それを聞くたび、胸の奥で長い間沈んでいた怒りがゆっくりと動き出す。
どうして……どうして私が、あんな目に遭わなきゃいけなかったんだ。
何をしたんだ。何が悪かったんだ。
気づけば、拳を握り締めていた。
爪が手のひらに食い込む。
「アリア?」
ノエルの声は優しい。心配している声だ。
もちろん、美沙のそれとは全く違う。
それでも、一度蘇った記憶は簡単には消えなかった。
胸の奥で燃え続ける怒り。
忘れたはずの憎しみ。
そして……
山本美沙。
前世で自分を追い詰めた一人の人間の名前を。
私は久しぶりに、はっきりと思い出していた。
同時に、嫌な考えも浮かんできてしまっていた。
本当は、あの女も私と同じように転生してきているのではないか。
そしてそれは、もしかしたら……私のすぐそばに、友人の顔をして座っている人物なのではないか、と。




