19.帰宅と療養
結局、私はこのまま帰宅してよいことになった。
「原因の毒性成分と、現在出ている症状から見て、命に関わる状態ではありません。ただ、しばらくは安静にしてください」
医師はそう言いながら、小さな紙袋を差し出した。
「解毒を補助する薬と、胃腸の働きを整える薬です。症状が悪化するようなら、すぐに来てください」
「わかったわ、ありがとう」
母が頭を下げる。
私はというと、椅子から立ち上がるだけでも少し辛かった。
ただそれでも、診療所へ来た時よりは幾分ましだ。
帰り道は行きよりも静かだった。
母は何度も私の様子を気にしていたが、私は「大丈夫」とだけ答える。
本当はちっとも大丈夫ではない。
けれど、少なくとも原因がわかっただけでも安心できた。
何の病気かわからないまま、苦しむよりはずっといい。
帰宅後、私はすぐに薬を飲んだ。
正直、すぐに効くとは思っていなかった。
だが数時間ほど経つ頃には、少しずつ変化が現れ始めた。
「どう?」
様子を見に来た母が尋ねる。
「……朝よりは楽かも」
こればかりは、感じているありのままだ。
手足の痺れは残っているし、腹痛も完全には消えていない。それでも汗はかなり引いていたし、頭痛も和らいでいる。
「それならよかった」
母はほっとしたように微笑んだ。
夕方になる頃には、起き上がっていられる時間も増えた。
窓の外を見る余裕も出てくる。
沈みかけた夕日が、町を橙色に染めていた。
昨日まで、普通に学院へ行っていたのに……たった一日でこんなことになるなんて。
「野外実習、楽しかったのにな……」
ぽつりと呟く。
シルフィンやノエルは大丈夫だろうか。
診療所で聞いた話からすると、あの二人も同じ症状らしい。
今頃、それぞれの家で休んでいるのだろう。
明日……いや、治ってから学院に行ったら、二人に会えるだろうか。
そしてまた他愛もない会話をして、授業で行き詰まって、遊んで……一緒にいられるだろうか。
夜。
夕食の時間になると、私は食卓へ座ることができた。
まだ食欲は本調子ではない。
それでも朝や昼とは違い、食べ物を見るだけで気持ち悪くなることはなかった。
「無理しないでね」
母がスープを差し出す。
「うん」
恐る恐る口に運ぶ。
温かなスープが喉を落ちていく。
……問題ない。吐き気もない。
「おいしい……これなら食べれそう」
「よかった」
母の表情が少し緩む。
私も少しだけ安心した。
まだ完全に治ったわけではない。それでも、峠は越えたのだろう……と。
食事を終えた後、私は早めにベッドへ入った。
体はまだ重い。
今日は色々ありすぎた。診療所へ行って、食中毒だとわかって。シルフィンたちも同じ症状だと知って……疲れないはずがない。
「おやすみ、アリア」
「うん、おやすみ」
母が部屋の灯りを消し、静寂が訪れる。
窓の外からは、ジージーという虫の鳴き声が聞こえる。
まだ春の終わりだと言うのに、気が早いものだ。
私は目を閉じる。
すると、意識はあっという間に沈んでいった。
まるで、深い闇の底へ引き込まれていくように。
そしてそこで、私は──夢とも幻覚ともつかないものを見たのだった。




