13.見せたい記憶、隠したい記憶
そして、次の時間。
「……では、実際にやってみるとしよう」
フレア先生は、教卓の前で杖を軽く叩いた。
「記憶投影の魔法は、実際に使ってみなければ感覚が掴みにくい。二人一組になって実習を行う」
その瞬間、教室がざわめいた。
「おっ、実技だ!」「面白そう!」などの声が目立つあたり、やはり座学より実技の方が好きな子が多いのだろう。
「何見せようかなー」
マシュルなどは、早くも楽しそうだ。
「見せる記憶は何でもいい。ただし、見た相手が不快になるような内容は避けるように」
先生の言葉に数人が苦笑する。
「それではまず、組を作れ……誰とでもいい」
その合図と共に、生徒たちは思い思いに組を作り始めた。
当然というべきか、私はシルフィンと組むことになった。
「よろしくね!」
「うん」
近くでは、マシュルとライドが組んでいる。
「よし!おれからな!」
「はいはい」
この二人、なんだかんだ仲がいい。
さて、私たちの組だが……まずはシルフィンから始めた。
「メモリア・プローズ」
杖の先が淡く輝く。
すると、私たちの間の空間に映像が現れた。
映し出されたのは、シルフィンの家の食卓。
テーブルいっぱいに並ぶ料理。
笑いながら話す両親。そして、必死に肉料理へと手を伸ばすシルフィン本人。
「あっ!」
その直後、本人が顔を赤くした。
「昨日の夕食?」
「う、うん……」
「美味しそうだね」
「でしょ?」
少し恥ずかしそうだったが、どこか嬉しそうでもある。
それとほぼ同時に、マシュルの声が聞こえてきた。
「見てくれ!おれんちのロック!」
振り向くと、映像の中を巨大な犬のような生き物が駆け回っていた。
おそらく魔獣……または魔法動物と呼ばれる、この世界特有の動物だろう。
「結構大きいな……」
ライドが珍しく少し驚いている。
「だろ!?」
どうやら、前世で言うところの飼い犬らしい。
本人は満面の笑みだ。
他の生徒たちも同様に見せたい記憶を相手に見せていたが、その内容は実に様々だった。
家族旅行の記憶。誕生日祝いの記憶。お気に入りの景色。弟や妹との思い出。
どれも他愛のないものばかりだったが、不思議と見ていて面白い。
その人がどんな生活をしているのか、少しだけわかるからだろう。
「じゃあ次、アリアね」
シルフィンが期待した目を向けてくる。
「えっ」
私は固まった。
(何を見せよう……)
そこで、初めて気がついた。見せる記憶を選ばなければならない。
前世の記憶は論外。絶対に嫌だ。
そもそも、誰にも見せたくない。
だが、今世の記憶となると意外と悩む。
誕生日の様子。家での生活。母との会話……どれも、私からすれば思い出すだけで幸せな気持ちになるようなものばかりであるし、見る方も不快にはならないだろう。
どれにしようか考えた末、私は無難なものを選ぶことにした。
「まあ、これなら大丈夫かな」
杖を構え、「メモリア・プローズ」と詠唱する。
光が集まり、映像が浮かび上がる。
そこに映し出されたのは、自宅の庭だった。
まだ幼い私。そして、その向かいに立つ母……セリエナ・ベルナード。
「ソロファイア、撃ってみなさい」
映像の中の母が優しく言う。
幼い私は杖を構え、「ソロファイア!」と詠唱して小さな火球を放つ。
火球は的へ命中し、母が嬉しそうに拍手する。
「上手よ、アリア」
映像はそこで終わった。
一瞬の沈黙、そして。
「えっ」
シルフィンが固まった。
周囲の生徒たちもこちらを見ている。
「い、今の……セリエナ様!?」
誰かが叫んだ。
「だよね?でも、本物?」
「間違いないぜ……『灼炎の女皇』様だ!」
「マジかよ……すげえ!」
教室が一気に騒がしくなる。
私は少しだけ肩をすくめた。
「だから、言ったじゃん。私はアリア・ベルナード……セリエナの娘だって」
すると、シルフィンが机を掴んだ。
彼女は「いやいやいやいや!」と叫んで、勢いよく立ち上がる。
「本当に……本当にセリエナ様だった!いや、疑ってたわけじゃないけど!」
なんだか、目がものすごく輝いている。
「セリエナ様……本物、久しぶりに見た!」
「本物って……」
記憶の映像とはいえ、実際に手ほどきを受けた私の母なのだから、本物に決まっている。
だが、シルフィンにとっては憧れの存在なのだろう。
「しかも、魔法教えてもらってるし!」
「まあ、母さんだからね」
「もぅ……羨ましい!私もセリエナ様に魔法教わりたい!」
もはや隠す気もない。
近くではマシュルも興奮していた。
「セリエナ様、やっぱりかっけえ!しかも美人だし!」
「実際に見ると、何というか……雰囲気が違うね。しかも、ちゃんとアリアと似てたし」
ライドまで感心している。
私は少し照れくさくなった。
母は、私にとっては普通の母親だ。
料理もするし、洗濯もする。怒る時は怒るし、笑う時は笑う。
だが、他の人から見れば違うらしい。
改めて、母がどれだけ有名な存在なのかを思い知らされた気がした。
そしてその時、教壇の方からフレア先生の声が響く。
「アリア」
「えっ?あっ、はい!」
「今の記憶の選択……悪くないと思うぞ」
先生は小さく頷いた。
「見せるべき記憶と、見せるべきでない記憶を判断する……この魔法を扱う上で、重要なことだ」
その言葉に、私は一瞬だけ息を止めた。
――見せるべき記憶。見せるべきでない記憶。
先生は何気なく言っただけなのだろう。
それでも、その言葉は妙に胸に残った。
誰にも見せたくない辛い記憶が、私の中には確かに存在しているのだから。




