11.追憶の魔法
入学式から一週間が過ぎた。
学院での生活にも少しずつ慣れ始め、私たちは毎日様々な魔法について学んでいた。
この日の授業も、その一つだった。
「今日は、少し特殊な魔法について説明する」
教壇の前に立ったフレア先生がそう言うと、生徒たちは自然と静かになった。
「君たちも将来、魔法使いとして様々な魔法を扱うことになる。その中には戦闘用だけでなく、生活や調査に使われるものも多い……まあ、これは今更か」
先生は黒板に文字を書く。
そこに記されたのは、『追憶の魔法』という名称だった。
「追憶?」
シルフィンが首を傾げる。
「名前からすると、記憶に関係する魔法ですか?」
ライドが尋ねると、フレア先生は頷いた。
「そうだ。過去にあったが、今は忘れてしまった記憶を呼び起こす……そんな魔法だ」
教室がざわつく。
「えっ、そんなことできるの?」「記憶って戻せるの?」と、あちこちから声が上がる。
先生は手を軽く上げ、生徒たちを落ち着かせた。
「正確には、『忘れていた記憶を追体験させる魔法』だ」
そう言って、説明を続ける。
「例えば、鍵をどこへ置いたか忘れた時。あるいは、大事な物をどこで失くしたか、わからなくなった時。この魔法を使えば、その時の記憶を辿ることができる」
「へえ……便利そう!それ、絶対必要になると思います!」
マシュルが即座に反応した。
「自覚はあるんだね」
ライドが淡々と言う。
「は?なんだよそれ!」
教室に笑いが起こり、フレア先生も少しだけ口元を緩める。
「……確かに、物忘れの多い者には重宝する魔法だろうな」
「ほらな?ほらな!?」
「先生も認めたね」
「認めてないと思うけど」
再び小さな笑いが起こった。
私はそのやり取りを聞きながら、ふと気になったことを尋ねる。
「先生」
「何だ?アリア」
「その魔法って、忘れた記憶なら何でも思い出せるんですか?」
フレア先生は少し考えるような顔をして、静かに続けた。
「……いい質問だ。だが、この魔法は万能ではない。追憶の魔法で呼び起こせるのは、あくまで相手の中に残っている記憶だけだ。そもそも存在しない記憶を作り出すことはできない」
教室の空気が少し引き締まり、先生は黒板を軽く叩く。
つまり、忘れていることを思い出させることはできるが、始めから知らないことがわかる魔法ではない、ということか。
「それと、もう一つ……この魔法には注意点がある」
先生の声が少し低くなり、教室が静まり返った。
「追憶の魔法は、楽しい記憶だけを見せるわけではない」
それを聞いて、私は何となく嫌な予感がした。
「忘れていた悲しい記憶。または、苦しい記憶……それらまでも、呼び起こしてしまうことがある」
その言葉に、胸がわずかにざわついた。
忘れていた記憶。苦しい記憶。
その単語だけで、前世のことが頭をよぎる。
教室の窓から差し込む光が妙に眩しく感じた。
「だから、対象の精神状態を考えずに使うことは控えるべきだ。特に、心に傷を抱えた者への使用は、慎重にせねばならない。場合によっては、その傷を再び開くことになる」
フレア先生は真面目な表情で言った。
その言葉は、なぜか私の胸に深く刺さった。
(傷を……再び開く)
もし、もしこの魔法を私に使ったら。
私は、前世の記憶をもう一度追体験することになるのだろうか。
いじめられた日々を。孤独だった時間を。そして――死を選んだあの日を。
そんなことを考えた瞬間、背筋が少し寒くなった。
「アリア?」
隣のシルフィンが小声で呼ぶ。
「大丈夫?」
「え?」
「なんか顔色悪いよ?」
私は慌てて首を振った。
「ううん。大丈夫」
「そう?」
シルフィンは不思議そうだったが、それ以上は聞かなかった。
私は小さく息を吐く。
今は関係ない。ここは前世とは関係ない。
私は鈴木三春ではない。アリア・ベルナードだ。
そう自分に言い聞かせながら、再びフレア先生の話へ意識を向けた。
だが、この時の私は……この『追憶の魔法』が、そう遠くない未来に私自身の運命へ深く関わることになるなど、想像もしていなかった。




