0016 恥のカオス
こいつは参ったな。
誰かが口に出していった。誰かは分からない。だが、その発言自体は間違っていない。こいつは参ったな。確かにそうだ。そう言わざるを得ない状況である。
円津海峡を挟んだ南北沙羅樹国と、その同盟国の争いは千日手の様相を呈しており、お互いに手詰まり感が早速出て来ていた。開戦劈頭にて3隻の空母を沈められている在留合衆国軍は身動きが取れず、海上自衛隊は西方の領海の警護に忙殺されている。新戦力が、あの大型護衛空母が来るまで防戦に回って、機を見て総攻撃を行い、「南北統一有事」を終わらせる。
と、言うのが南沙羅樹国の自衛省と挙国一致内閣の出した結論であったが、現状は一切の猶予を与えていなかった。「アウシウ」、「反イラストリラ合衆国連合」は、ラシア共和国や神華大陸の軍用貨物列車にて、続々と援軍を送り込み始めていた。
今や世界一孤立している超大国と同盟を組んでいる南沙羅樹国としては、戦線がこれ以上伸びるのは如何しても避けたい。あのゲーテル・デバイ大統領が、どんな無茶苦茶な要求を出してくるかどうかは分からないが、そんな事は関係無しに敵の援軍は続々と北沙羅樹国に到達する。
それは、仕方が無い。いや、本来は仕方が無いで済まされる話ではないのだが、運命を前にして人間の出来る事は呆れる程に少ない。今、彼らが出来る事と言えば、祈る事くらいだ。あのチンピラ大統領が戦線を広げるような真似をしない様に。
今度はブラックバードB4ではない。もっと上品で高価な戦闘機である。F67、次世代戦闘機として開発されて、つい数年前に工場からロールアウトした第1号機から6号機だ。ステルス性能が高く、Wi-Fiを用いる事も出来る。大型護衛空母とは正反対のオーバースペック、いや、虚仮威しの発想で造られた歪な戦闘機である。
そのF67は、南沙羅樹国の基地から飛び立ち、それぞれの標的に向かって散っていった。爆撃しなければならない標的は、この広い大陸の至る所にあるのだ。
「……本日未明、「アウシウ」軍を輸送中の我が国の貨物列車が、イラストリラ合衆国の物と思しき戦闘機による爆撃を受けた。これは、華党の神華大陸に対する重大な権利侵犯であり、国際条約違反であり、そして何よりも侵略行為である」
「これまで、我が国は隣国の南沙羅樹国への軍事的挑発は行えども、実際にそれが攻撃にならない様に注意してきたが、我が華党は人民の安全と生命の為に戦わざるを得ない」
「言わんこっちゃない」
テレビモニターにて気丈に演説を振るう華党人民代表の言葉を聞いて、誰かが呟く。挙国一致内閣として纏められたのは良かったのだが、それもいけなかったのかもしれない。最も最悪な状況だ。あのチンピラ大統領は理解しているのだろうか。図体がデカいだけで他に取り柄のない悪童と、何が違うというのだ。
大体、華党はひ弱な苛められっ子では無い。ひょっとすれば、否、完全にイラストリラ合衆国と同格の経済規模を持つ大国である。あのチンピラ大統領は、その頬を思いきり引っ叩いたのだ。後でごにょごにょと言い訳を並べたとして、この場限りの華党の主張は勿論、発言だってこれ以上無いくらいに正しい。
北沙羅樹国の「北の砦」に引き籠もっている連中は、今頃万歳三唱である。北にとっては最高の展開ではないか。
「奴等は軍ではない。テロリストだ。我が国と同盟国を蝕もうとする武装組織である。それはテロリストであって、軍隊ではない。現に、「アウシウ」は義勇軍と言う形で応援を送っていた。であれば、テロリストとどう違う」
「我が国はテロリズムは許さない。同盟国の為にも、我が国はこのテロ支援国家を打ち倒さなければならない。それはひいては世界平和への第一歩にもなるのである」
「だから貴様ら、もし爆弾を落とされたくなければ、「アウシウ」から離脱しろ」
やっぱりあいつ、ただの馬鹿だ。
いや、恐らくブレーンの中で言い出しっぺが居たかも知れないが、あいつは自分に忠実なイエスマンで周囲のスタッフを固めている。誰も逆らえないから、あんな無茶苦茶な脅迫紛いの発言が出来るのだ。
これで戦線は広がった。祈りは通じなかったな。さて、これからどうするか。駐留合衆国軍からの申し合わせは一切無かった。情報の共有がで来ていなかったのだ。クソ、何が次世代戦闘機だよ。あんな隠し球を持っていたのならば、こっちで使えば良いのに。
高松之カツタロウ総理大臣の元に、自衛省から悲鳴にも似た会議開催の要請電話が入る。勿論、やるべきだ。この戦争に銃後は無い。そして、南沙羅樹国は争乱に強い国ではない。もし勝つ事だけを考えたら、制海権なんて無視して、巡航ミサイルにて原子力発電所を1つ残らず攻撃して爆破し、土地を住民諸共汚染させて死滅させるのだって、少なくとも非現実的ではない。
唯一の救いは、この空爆により少なくとも1週間程度は敵の援軍の到着が遅れる程度である。1週間、神様でもあるまいに、何かをするのに充分な時間ではない。
「一国も抜けないだと、そんな馬鹿な!」
チンピラ大統領改めゲーテル・デバイ大統領は、国防大臣に怒りをぶつける。そもそも、この攻撃計画を持ち込んだのはこいつだ。北沙羅樹国へと陸路で送られてくる義勇軍を止めるのに、最新型のF67を使わせて欲しい。それで状況が楽になるのならばと思えばこそ、全面的に支持して協力なのに、むしろ「敵」の結束を固めるだけの結果になってしまった。
どうする、クビにするか。その言葉が喉から出かかったところで、寸での所で我慢する。状況が悪化したのは事実であるが、こいつをクビにすれば、これを起用した自分の任命責任も問われる。だからこそ、多少のオブラートで包んで、言い放つ。
「お前は無能だ、暫く反省しろ」
何とも鈍い言葉遣いであるが、今はイラストリラ合衆国が惑星「ジーアス」にて孤立状態にある中で、その更に政府内で孤立する訳には行かない。いや、頭の良い連中はとっくの昔に自分の元から去って行った。ここに居るのは、忠実なイエスマンだけである。
どんな状況になっても、自分を傷つけないで、プライドを支える事に注力するスタッフ陣。字面で並べてみても最悪なチームだ。それでも、ゲーテル・デバイ大統領はこう言うしかなかった。
「早く例の大型護衛空母を大量生産するんだ。この間、2隻目が軍に引き渡しされる直前まできたらしいじゃないか。これからは、軍備計画にて最優先に予算や人員を回すから、何でも良いから空母を造れ。載せる戦闘機も、パイロットも、全部用立てろ。税金を幾ら使っても構わんから、必ず勝つんだ。そして、これ以上俺に恥をかかせるな!」
聞く者にとっては呆れる言動であり語彙力であったが、喋っている側にとっては本気であり、切羽詰まった状態での発言であった。




