6-5. 浮かぶ梅の実
中学生時代、時々シロさんに仕事を見せてもらった。
いつからか俺はシラカバさんを「シロさん」と呼ぶようになり、梨奈さんたちと知り合い、高校に入ってからは正式にアルバイトとして相談所へ通うようになった。
幽霊も妖怪も、昔よりは平気になった。怯えて震えることはなくなった——と言いたいけれど、今でも怖いものは怖いし、むしろシロさんに会ってからは、なんとかしてもらえると思うようになっていたのかもしれない。
*
梅のゼリーを食べる祖母と母を横目に、俺は居間を出て、書斎へ向かった。
俺は今でも、見えないなら見えないほうがいいと思っているし、口に出さないけど、誰かがどうにかしてくれるならそのほうがいいと思っている。
でも最近は昔のように、シロさんがただ連れ回してくれていたときとは変わってきている。
自分で何とかしなきゃいけない――どうしたいのか、一人で決める場面が増えた。状況的にしょうがないこともあれば、シロさんがそう仕向けているときもある。
書斎には祖父と父が遺した物がたくさんある。
本棚から、適当に手に取った本をぱらぱらとめくる。背表紙は少し色褪せているけど、中はけっこう綺麗だ。小さな文字が並んでいて、挿し絵はない。科学から推測する幽霊について、というような内容がびっしり書いてあった。
こんな本まであるのか……。
祖父と父は、俺やシロさんと同じ見える人だった。
……二人はどう思って、どう行動していたんだろう。妖怪や幽霊に関する書物が並ぶ部屋を見ていると、シロさんと考え方は似ていたのかなと思わなくもない。仲が良かったみたいだし。
——俺は、今はまだ、彼らと折り合いをつける方法を見つけられずにいる。
人間に悪さをする野狐は「退治すればいいのに」と思うし、でも病気の垢嘗めを見れば「ちょっとかわいそうだ」と思ってしまう。
「ん? なんかある……」
本棚の奥に、何か白い紙が挟まっているようだった。
何冊か邪魔な本を抜いて、紙を手に取る。何も書いていないと思ったが、その固い紙は、裏返すと写真だった。
「あ、これ……」
祖父と父と、シロさんだ。
以前、祖母と母が見せてくれたアルバムでは見たことがない写真のような気がする。
たぶんこの部屋で、三人はテーブルを囲んで笑っていた。シロさんも今よりかなり若いし、もちろん祖父と父も。写真の中で、テーブルの上にはコップや何冊もの本が置かれている。いつ、何をしている写真なのかよく分からないが、カメラに向かって笑顔で、楽しそうだった。
三人で、妖怪の研究でもしてたのかな。
……これからどうしたいのか、どうすべきなのかは分からない。怖いから知りたくない、考えたくない気持ちが邪魔をしている。
でもシロさんみたいに、知識はつけたほうがいいんだろうな。
知っていることが多ければ、選択肢が増える。シロさんみたいに、「あれは野狐だ」「垢嘗めだ」「たぶん唐傘小僧だ」ってすぐ断定できれば、どう対処すればいいのか迷わないで済むようになる。……はず。
……でも、嫌いなものの本なんて、なるべく読みたくない。面倒くさいっていうか……嫌いな教科の勉強と一緒な気がする。
俺は小さくため息をついて、本を本棚に戻した。
「なんか写真見つけた」
居間に戻り、片付いたテーブルの上にさっき見つけた写真を置いた。
母と祖母が覗き込み、感嘆の声を上げる。
「あらぁ、ずいぶんと懐かしい……」
「わぁ、こんな写真あったの。高校生くらいのときかな? ほら、これ制服のシャツだよ」
「本当ね。あ、これ私が撮ったのかも」
母が写真を手に取り、なぜか俺の顔の横に写真を並べるように手を伸ばしてきた。
「何?」
「惟、お父さんそっくり」
「え!?」
さっき見たときは、そんなこと思わなかった。
急いで写真を覗く。たしかに、似てるとは思うけど……そっくりって言われると、自分では違和感を覚える。
けれど、祖母も母と同意見らしく目を細めて笑っていた。
「アルバムに入れておこうか」
そう言う母に「いいんじゃない」と適当に返事をした。
アルバムを探しに行った母と、夕ご飯の準備を始める祖母が台所へ行き、居間が静かになる。
こそこそと廊下を走る小さな異形の影が見えて、俺は今度は深くため息をついた。
……もし祖父と父が生きていたら、俺も今とは違って、もっと妖怪に詳しかったのかな。
そういえば結局俺はシロさんが年を取らないことは知っていても、具体的に『老いをあげた』が一体何だったのか、今も知らないままなことを思い出す。
いつか聞きたいけれど、でもシロさんのことだからろくでもない目に遭っていそうな気もして、聞くのを躊躇してしまう。
「惟、宿題あるなら夕ご飯の前にやってしまいなさいよー」
母の声がして、俺は重い腰を上げた。
第6章 『浮かぶ梅の実』 完




